今夏、日本ではオフィスでの男性社員の短パン着用を認める動きが広がった。
東京都は2026年、「Tokyo Cool Biz」の一環として職員の短パン着用を認め、この動きは民間企業にも広がりつつある。
背景には記録的な猛暑と熱中症対策があり、WHOや医学誌『Lancet』も、気候変動による熱ストレスが労働者の健康と生産性を損なうと警告している。
一方、職場での短パン解禁とともに、「脚やすね毛が不快だ」という声が上がり、「すね毛ハラスメント(すねハラ)」という言葉が登場した。海外メディアも、日本では「同僚のすね毛を見せられることへの違和感」が話題になっていると報じている。
この議論は、単なる「短パンの是非」ではなく、職場で外見をどこまで管理できるのかという根本的な問題を浮かび上がらせている。
今回は、日本で働く米国弁護士がこの問題における日米の視点の違いを考える。
「不快」と「ハラスメント」は同じではない

W Prasongsin Stulio via Getty Images
米国で法的に「ハラスメント」とされるのは、性別・人種・宗教・障害など「保護されるべき特性」が害される行為である。
ここで重要なのは、この定義は米国連邦法の文脈で用いられるという点だ。米国では、 連邦法と州法でハラスメントの要件が異なることがある。そのため、米国の法的議論を日本で語る際には「場合によってはこのように定義される」といった慎重な表現が必要になるのだが、単に「見たくない」という感情だけでは、連邦法でも州法でもハラスメントは成立しない。
米国雇用機会均等委員会(EEOC)も、企業の身だしなみに関するルールをある程度認めつつ、それが差別につながる場合にのみ問題となるとしている。
「企業の裁量」か「差別の有無」か
日本では、「企業は社員の服装をどこまで管理できるのか」という視点が強い。
厚生労働省の就業規則モデルを見ると、企業は就業規則や服務規程を通じて服装に関する一定のルールを定めることができる。
ただし、これらはあくまで参考例であり、企業に特別な権限を与えるものではない。制服や服装の制限を設ける場合でも、業務上の必要性、合理性、そして社員への過度な負担を避ける均衡性が求められる。
一方、米国では「そのルールは差別的ではないか」が重要となる。宗教上の理由によるひげやターバン、髪型などを一律に禁止すれば、差別と指摘される可能性がある。服装規定も、他人の不快感ではなく「業務上の必要性」が基準となる。
タトゥーの扱いも象徴的だ。日本では強い反応を引き起こすことが多いが、米国ではファッションの一部として扱われる。
ジェンダー平等の観点から見える問題
日本では化粧や剃毛・脱毛、ハイヒールなど、女性が男性よりも外見管理の負担を強いられる傾向にある。2019年の「#KuToo運動」はその象徴だ。
例えば、女性がすね毛を剃らないことを理由にショートパンツやスカートを禁止することができるだろうか。この問いには慣習的な美意識を基準にすべきなのか、それとも個人の自己表現を尊重すべきなのかという問題が浮かんでこないだろうか。つまり、誰かが特定のファッションを不快に思うことが、他者の自己表現の自由を制限する根拠になり得るのか、ということだ。
それこそが「すね毛ハラスメント」の本質だ。外見をどこまで管理してよいのか、その基準が健康・安全・業務上の必要性に支えられているのか、そして個人の好みや慣習だけで外見を評価しない環境をどうつくるかという点ではないだろうか。
猛暑の日本で企業が優先すべきこと
猛暑が深刻化する現在、企業が優先すべきは美観ではなく合理性である。
暑さによるストレスが健康リスクとなる以上、「なぜ短パンを禁止する必要があるのか」を企業が説明できなければならない。
同時に、従業員にも職場にふさわしい身だしなみへの配慮は求められる。自由は企業にも個人にも無制限ではない。
日本で働く外国人は増加しており、2024年時点で約182万人。そのうち約39%が専門的・技術的分野で働き、ホワイトカラー人材は50〜70万人規模と推計される。
このように国際化が進むなか、服装や身だしなみのルールも日本固有の慣習だけでなく、多様な価値観に配慮して見直すことが求められるのではないだろうか。
自身の価値観を当然視せず、外見について安易にコメントしない姿勢が必要で、職場の規則がある場合にはその目的や根拠を確認し、公平性が保たれているかを考えることが重要だろう。

1 時間前
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