人間の血液から育てた脳細胞で制御されるロボット犬

1 時間前 1

チップ上の脳細胞は、アメとムチで覚える

チップ上の脳細胞は、アメとムチで覚えるチップ上の脳細胞は、アメとムチで覚える / 皿の上の脳細胞は、アメとムチで覚える(論文 図2D:1サイクルの流れ) / Credit:Zhou et al., arXiv:2605.13315 (2026)

いまのAIは、電気を大量に食べます。

最新のモデルを動かすデータセンターの消費電力は増え続けており、このまま規模だけを広げるのは持続可能ではないと指摘されています。

ところが、AIに劣らず複雑な処理を、私たちの脳は10〜20ワットでやってのけます。

電球を1個点けるのとそう変わりません。

脳と電球の電力脳と電球の電力 / AIを動かすデータセンターの消費電力が増え続ける一方で、人の脳は10〜20ワット、電球1個ほどの電力で働いています。/Credit:川勝康弘

しかも脳は、初めて出会う状況にその場で適応します。

この差を前にして、一部の研究者はこう考えました。

脳を真似たチップを作るのではなく、本物の神経細胞そのものに計算させればいい、と。

コーティカル・ラボが2022年に発表した「ディッシュブレイン(DishBrain)」は、その代表例でした。

培養皿の中の約80万個の神経細胞が卓球ゲーム「Pong」でラケットを動かし、5分ほどで腕を上げていく様子が報告されています。

画像人工培養脳にテニスゲームを教えると5分で理解し遊び始める / Credit:In vitro neurons learn and exhibit sentience when embodied in a simulated game-world . bioRxiv (2021)

この学習のカギはアメとムチでした。

ラケットがボールを打ち返せば、細胞には規則正しく整った刺激が届きます。

空振りすれば、規則のないランダムな刺激が届きます。

神経細胞は予測のつかない状況を嫌い、予測のつく状態に落ち着こうとする、というのが研究チームの出発点にある考え方です。

だから整った刺激はアメに、ランダムな刺激はムチになり、細胞は数分のうちにボールを打ち返す回数を増やしました。

PongのアメとムチPongのアメとムチ / 2022年の実験「ディッシュブレイン」の仕組みです。ボールを打ち返すと規則正しい刺激(アメ)、空振りするとでたらめな刺激(ムチ)が細胞に届き、約80万個の神経細胞は5分ほどで打ち返す回数を増やしました。/Credit:川勝康弘(Kagan et al., Neuron(2022)をもとに作成)

その後継機が、今回使われたCL1です。

箱の中にはポンプや温度・ガスの調節装置があり、細胞を最長で半年ほど生かせるように設計されています。

中の細胞は、同社によれば、提供者の血液から作られたものです。

まず血液の細胞を、さまざまな細胞に育てられる「iPS細胞」という状態に戻します。

そこから神経細胞へと育て直します。

iPS細胞から神経細胞へiPS細胞から神経細胞へ / 血液の細胞をいったんiPS細胞に戻し、神経幹細胞を経て、90日以上かけて神経細胞に育てます。細胞のもとが血液であることは同社の説明です。/Credit:川勝康弘(Zhou et al., arXiv(2026)の図1をもとに作成)

論文の図では、0日目にiPS細胞だったものが30日目に神経幹細胞になり、90日以上かけて成熟した神経細胞になっています。

細胞を動かすエネルギーは培養液の糖や栄養から、箱を動かすエネルギーはコンセントから来ています。

CL1の中身とエネルギーCL1の中身とエネルギー / CL1の中では、神経細胞が電極チップの上に薄い一層で広がり、培養液の栄養で生きています。ポンプや温度の調節などの装置は、コンセントの電気で動きます。/Credit:川勝康弘(Cortical Labsの製品説明と Zhou et al., arXiv(2026)をもとに作成)

チップに載っているのは約20万個の神経細胞で、よく聞く「ミニ脳(オルガノイド)」のような立体の塊ではなく、60個の電極の上に平らに広がった薄い層です。

新しい研究では、仮想の部屋で餌を探すゲームを使い、神経細胞が最もよく学習する電気刺激のパターンを見つけ出しました。

においを刺激の回数ににおいを刺激の回数に / においがいちばん強い向きを「左・正面・右か後ろ」の3通りに分け、1秒あたりの刺激の回数に置き換えて細胞に送ります。回数は成績のよかった設定の一つの例で、正面の22回は左と右の中間の値です。/Credit:川勝康弘(Zhou et al., arXiv(2026)をもとに作成)

コンピューターは、餌のある方向を仮想の「におい」として用意し、電気刺激の頻度に変えて細胞に伝えます。

細胞が電気信号を出す「発火」を3つの場所で読み取り、いちばん活発に反応した場所に応じて「前進・左・右」を選びます。

うまく進めたかどうかは、Pongと同じアメとムチの刺激で細胞に返しました。

発火で向きを決める発火で向きを決める / チップの真ん中の電極から刺激を送り、周りの3つの区画で発火を読み取ります。ふだんより発火がいちばん増えた区画の向き(この例では前進)に進みます。/Credit:川勝康弘(Zhou et al., arXiv(2026)の図7をもとに作成)

すると1回30手のプレイで比べた場合、細胞の成績に追いつくために、試行錯誤で学ぶAI(深層強化学習のDQN)は細胞の4倍以上の回数を必要とすることがわかりました。

そして、実験からはもうひとつ、思いがけない結果が出ました。

最適な条件ではAIより早く学べる最適な条件ではAIより早く学べる / 1回30手のプレイを5回こなした細胞の成績に、試行錯誤で学ぶAI(DQN)が追いつくには、4倍以上のプレイが必要でした。成績上位の設定どうしで比べると、同じ5回では細胞の成績がAIの約1.25倍でした。/Credit:川勝康弘(Zhou et al., arXiv(2026)をもとに作成)

仮想の部屋を150手ぶん歩かせるのに、2つのやり方が比べられていたのです。

ひとつは150手を一気に走らせる長距離走、もうひとつは30手を5回、あいだに2分の休憩をはさむ分割方式でした。

すると成績が高かったのは、休憩をはさんだほうであることがわかりました。

気に150手か休憩か気に150手か休憩か / 同じ150手を、一気に歩かせた場合と、30手ずつ5回に分けてあいだに2分ずつ休ませた場合を比べると、休憩をはさんだほうが成績が高くなりました。/Credit:川勝康弘(Zhou et al., arXiv(2026)をもとに作成)

しかも最初の2回は成績がほとんど変わらず、伸び始めたのは3回目からでした。

続けて走らせるより、休ませたほうが学ぶ。

それはなぜなのか?

3回目を過ぎて伸びた3回目を過ぎて伸びた / 30手のプレイを5回くり返したときの成績の変化です。1〜3回目はほぼ横ばいで、伸びたのは3回目を過ぎてからでした。成績上位の設定の結果をもとにした模式図です。/Credit:川勝康弘(Zhou et al., arXiv(2026)の図5をもとに作成)

研究チームは、その場では終わらない、もっと長い時間をかけて進む適応が働き始めた可能性を挙げています。

細胞の変化が行動の改善に表れるまでには、少し時間がかかるのかもしれません。

では、細胞の発火で行き先を決めるこの仕組みを現実の世界に持ち出すと、何が起きるのでしょうか。

スキルの上達は練習中ではなく「頻繁な休憩」で起きる

記事全体を読む