見上愛、上坂樹里がW主人公を務めるNHK連続テレビ小説『風、薫る』。田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社、2023年)を原案としたオリジナル作品で、激動の明治、看護の世界に飛び込んだ二人の”トレインドナース”を描く本作において、今回注目したいのは第3週に登場した新キャラクター・島田健次郎(Aぇ! group・佐野晶哉)、通称“シマケン”だ。
第3週は注目の新キャラクターが複数登場したが、中でもシマケンはSNSを中心に圧倒的な瞬間最大風速を記録した存在だ。きっかけは第11話(4月13日放送)のラスト数秒。瑞穂屋の暖簾をかき分けて現れただけで視聴者の反応は沸騰した。
シマケンは、りんの世界の“外側”を可視化する存在
第3週、奥田りん(見上)は日本橋の舶来品店・瑞穂屋で働き始める。洋書や輸入品が並ぶその空間で、りんは外国人客への対応という初めての壁に直面する。
そこへ第11話のラスト、瑞穂屋の暖簾をかき分け、ボサボサの頭を掻きながら、風を連れて入ってきたのが、メガネのオタク系青年・シマケンだ。戸惑うりんに代わり、外国人客にフランス語でさらりと対応、その場を収めてみせる。
続く第12話(14日放送)のやりとりが、このキャラクターの本質を浮かび上がらせる。フランス語が堪能とわかったりんが「学校の先生でいらっしゃいま……(すか?)」と尋ねると、シマケンは「ショック」「傷つきますね、先生。そんなに真っ当に見えるかな」と苦笑い。さらにりんが「わかった。フランス語の通詞(つうじ)……」と肩書きを当てようとすると、核心を突く言葉が返ってくる。
「どうしてそんなに何者かにしたがるんですか」
「(役に立たず、役目がなくとも)生きていける社会の方が僕は助かりますけどね」
そしてフランス語・ドイツ語・オランダ語での「社会」という言葉を次々と列挙してみせ、こう言うのだ。「生きる上で役に立たない言葉を知るのが好きで」。「変わりもんですね」と言われると、今度はりんに向かって「じゃあ、君は何者?」と問いを返す。奥からりんの娘の環(宮島るか)が現れると「何だ、お母さんか」と言い、また「お母さん」のさまざまな語彙を並べていく。そして去り際にひとこと言い残す。
「俺は、何者でもない。変わり者の島田健次郎。シマケン」
役に立つかどうかとは無関係に言語を愛し、「何者か」と問われれば今度はりんに問いを返す。その言動は「役割に収まらないこと」を体現するだけでなく、りん自身の「何者かになろうとする意志」を鏡のように照らし出してもいる。
彼は物語の中心にいる人物ではない。だが、りんの世界の“外側”を具体的に可視化する存在だ。言語を翻訳し、人と人をつなぎながら、同時にどこにも属さない。これまでの朝ドラにおける「導く男」や「支える男」とは明らかに異なる。
シマケンという存在をより立体的に理解するためには、これまでの朝ドラにおける「自由人」の系譜の中に位置づけてみる必要がある。
五代、万太郎、ジョー……歴代「自由人」とは決定的に異なるシマケン
連続テレビ小説の多くはこれまで「個人」と「制度」のせめぎ合いを描いてきた。家制度、職業観、ジェンダー規範ーーその中で、そこからはみ出そうとする人物が、“自由人”として現れてきた。
たとえば五代友厚(『あさが来た』)のように、外から新しい価値を持ち込み、社会を更新していく人物。あるいは槙野万太郎(『らんまん』)のように、自らの情熱に従い、結果として制度の枠を越えていく人物。さらにジョー(大月錠一郎/『カムカムエヴリバディ』)のように、夢に挫折しながらも社会的な役割の枠外で、不器用に自分の人生を生きようとする人物もいる。
だが、これらの人物には共通点がある。「何かに対して自由であろうとしている」という点だ。社会や制度、あるいは時代の価値観と向き合いながら、その結果として自由を獲得していくーー彼らの自由は、抵抗の末に生まれるものだ。
それに対して、シマケンは決定的に異なる。
「どうしてそんなに何者かにしたがるんですか」という言葉は、制度への反論ではない。そもそも制度を自分に関係するものとして認識していない人間の、素朴な疑問だ。何かに抗って自由になるのではなく、最初からどこにも属さない意志を持ち、他者と接続していくーーそれがシマケンというキャラクターの本質にも見える。
だが、語学堪能であり、おそらく出自は「持てる側」にあるだろう彼が、家柄や立場という枠組みをあえて括弧に入れ、「個人」として場に立とうとしているとすれば、その身軽さは無自覚な自由ではなく、選び取った自由だ。「何者でもない変わり者」という自己規定は、何者にもなれなかった者の言葉ではなく、何者かであることを手放そうとする者の言葉として響く。
Aぇ! group・佐野晶哉とシマケン、重なる“ジャンルの越境性”
このシマケンを演じているのが、Aぇ! groupの佐野晶哉であることも興味深い。
Aぇ! groupは2019年に結成された関西発の男性アイドルグループで、佐野はその最年少メンバー。幼少期から劇団四季の舞台に子役として出演し、高校では声楽、音楽大学(短大)では作曲を専攻した異色の経歴を持つ。グループのバンドスタイルではドラム担当でありながら、各種歌番組では千鳥やかまいたちに「この子すごい。本物だ」と言わしめる歌唱力でも知られる“歌うま担当”だ。アイドル・ミュージシャン・俳優・作曲家という複数の顔を持ち、ジャンルの境界をまたぐ越境的な存在である。
その越境性は、シマケンというキャラクターの本質と自然に重なっていく。
なぜなら朝ドラの多くは「何者かになる」あるいは「何者かを支える人の物語」だからだ。ヒロインは娘として、職業人として、社会の一員として、自らの居場所を獲得していく。本作の主人公の一人・りんもまた瑞穂屋での経験を通じて、その第一歩を踏み出している。
その対極にいるのがシマケンだ。役に立たない言葉を愛し、定着せず、肩書きを引き受けない。「(役に立たず、役目がなくとも)生きていける社会の方が僕は助かりますけどね」という言葉はあまりにも現代的だ。組織や役割に縛られない生き方が広がる一方で、「どこにも属さないこと」の不安もまた広がっている今の時代と、この青年の佇まいは奇妙なほど重なる。シマケンは、明治という時代設定の中に放り込まれた、現在的な感覚の体現者なのだ。
そして彼と出会うことで、りんの輪郭はよりくっきりと浮かび上がる。何者にもならないという自由と、何者かになろうとする意志。その間に吹く風の名こそが、『風、薫る』なのではないか。

4 週間前
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