科学的根拠に基づかない情報や描写が盛り込まれた「福島題材の映画」が2025年9月以降、国内外で上映されている問題。
ハフポスト日本版の取材で、大手紙や地方紙など少なくとも9メディア(関連企業を含む)が、同映画の宣伝に繋がる記事を掲載していたことが分かった。
映画には、主人公の母親が東京電力福島第一原発事故による被曝で死亡したとする情報や、鼻血を伴って倒れた若者が死亡する描写などが含まれている。
また、監督・脚本を務めた松井良彦氏はハフポスト日本版の取材に対し、こうした情報や描写は「事実だ」という認識を示している。
映画の内容を十分に検証しないまま、記事として掲載・拡散したメディアの姿勢について、専門家は「福島の人々への差別や偏見の再生産に加担した可能性がある」と指摘した。

Keita Aimoto / Huffpost Japan
経緯を振り返る
映画のタイトルは、「こんな事があった」。有名俳優らが多数出演し、2025年9月13日から国内20カ所以上のシアターで公開されている。
また、2026年1月29日〜2月8日に開催されたオランダのロッテルダム国際映画祭でも、「招待作品」として上映された。
舞台は2021年夏の福島。主人公・広瀬アキラは、10年前の原発事故による被曝で母親を亡くしたという設定だ。公式ウェブサイトにも、そう明記されている。
記者(相本)が映画を確認したところ、作中には現在の科学的知見と整合しない描写が複数含まれていた。
具体的には、被曝で死亡したというアキラの母親の死因が「心筋梗塞」であったことに触れ、「ここじゃあ歳に関係なくそんなのばっかだ」といったセリフが出てくる。
男性が駐車場で突然倒れ、鼻血を出して死亡したり、鮮魚コーナーに並んだ東北産の魚に対し、女性が「だめ」「なんにも食べられない」と語ったりする場面もある。
さらに、「帰ったら行けない所に帰らされた」というセリフや、原発事故の影響で子どもを産めないと受け取れる描写も確認された。
松井監督は、映画の配給会社を通した取材には応じなかったが、記者が3月21日、大阪市内で松井監督に接触したところ、映画の描写について「事実と違ったことは描いてない」と明言。
同日のトークショーでも、松井監督は「線量が仮に1ベクレルでも反応する人もいる」などと主張していた。

映画の公式ウェブサイトを接写(Keita Aimoto / Huffpost Japan)
記事化・拡散した9メディア
国連の専門機関「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)は、福島の原発事故による被曝について、「健康影響が確認されるレベルではなかった」と結論づけている。
一方、福島の人々は原発事故後、根拠のない情報が拡散したことによって、結婚や出産など人生の様々な場面で差別や偏見を受けてきた。
実際、ハフポスト日本版の取材では、福島出身の女性が「白血病になって死んでしまうんでしょ」「福島に戻ると子どもを産めなくなる」といった言葉を投げかけられたことがわかっている。
こうした経緯を踏まえると、福島に関する情報を扱う際には、科学的根拠に基づき、差別や偏見を再生産しない慎重な姿勢が求められる。
しかし、ハフポスト日本版がデータベースサービス「G-Search」などで調べたところ、大手紙など少なくとも9メディアが、同映画の宣伝に繋がる記事を掲載していたことが判明した。
具体的には、①日経新聞と②株式会社共同通信社が監督や出演俳優のインタビュー記事を配信。
③毎日新聞や④大分合同新聞は映画紹介のコラムを掲載し、⑤東京新聞は上映の告知記事を書いていた。
さらに、⑥日刊スポーツ⑦サンスポ⑧デイリースポーツ⑨中日スポーツは、公開にあわせて行われた舞台挨拶の様子を報道していた。
だが、これらの記事は宣伝的な内容にとどまり、映画に含まれる科学的根拠の乏しい描写について、検証や言及は見られなかった。
一方、英字紙のジャパンタイムズは、前述のメディアとは対照的な姿勢を示している。
2025年9月18日付の記事で、同映画の松井監督の問題意識に一定の理解を示しつつも、「放射線で住民がゆっくりと蝕まれている場所」とする福島の描写については、「偏執的(paranoid)だ」と言及していた。

環境省のHPから
新聞3紙に取材。各社の回答は
報道機関である新聞社は、なぜこの映画の内容を十分に検証しないまま取り上げたのだろうか。ハフポスト日本版は、新聞3紙に取材した。
毎日新聞は2025年9月13日、「原発事故被災地の怒りを静かに表出 日本インディーズ界の土壌が生んだ『こんな事があった』」と題した記事を配信した。
冒頭では筆者の体験談として、「放射能測定器の数値が上昇し、車内に不吉な警告音が響いた」と記述。さらに、避難指示区域で見た警備員について、マスク越しの顔が「赤黒い」と感じ、「大丈夫かな。こんな環境で」とつづった。
記事はその後、複数枚の写真を使いながら映画を紹介し、「映画を愛する仲間たちと見に行くのはどうだろうか」と結ばれている。
こうした記述や、映画の内容を検証せずに記事化した理由について尋ねたところ、同社は「記事は映画を紹介・論評したもので、原発事故による身体的影響について論じたものではない」と回答。
「今後も差別や偏見を助長することがないよう努める」と述べるにとどめた。
大分合同新聞は2025年10月17日、「『こんな事があった』人生をゆがめられた人々の10年」というコラムを掲載。
「当事者ではないと『こんな事があった』のをすっかり忘れているのに気づかされる」などと書いた上で、上映日時や劇場情報を伝えた。
同社は取材に対し、映画は「あくまでフィクションと認識している」と説明。
穏当ではない表現や演出があることを認識しているとし、「賛否を含めて福島の問題を考えるきっかけにしてほしい」という理由で取り上げたとした。
また、原発事故から15年が経過し、「現在では原発事故の影響について一定の知識・情報を持って、客観的に視聴できる環境にある」と述べた。
しかし、三菱総合研究所の調査(2023年実施)では、「現在の放射線被曝で将来的に健康影響(がんの発症など)が福島の方々に起こる可能性が高い」とする誤った認識を、東京の回答者の3割超が持っていることが明らかになっている。
大分合同新聞は、原発事故による健康影響は「現時点で証明されていない」とした上で、「震災や原発事故の風化を防ぐ意図もあった」と説明した。
なお、日経新聞については、既に報じた通り、「映画監督ら関係者に取材し、記事化しました。ご意見は承りました」と回答している。

Keita Aimoto / Huffpost Japan
専門家「メディアは教訓を踏まえていない」
専門家は、今回の映画に関するメディアの記事をどう見たのか。
福島を研究する社会学者で、東京大学大学院の開沼博准教授はまず、震災と原発事故の実体験の記憶がない「災害記憶消滅世代」が今後増えていくと指摘。
その上で、「当事者性を持たない世代に、記憶と教訓をどう継承するかが大きな課題となっている」と現状を説明し、次のように言及した。
「監督が『描写は事実』と明言した映画を、『信頼』を売りにする報道機関が肯定的に取り上げれば、科学的根拠に基づかない描写も『実際に起きたこと』と受け止められかねない」
また、福島では過去、根拠のない情報によって差別や偏見が生じてきた歴史があるとし、「メディアはその教訓を十分に踏まえていない」と指摘。
続けて、「影響力の大きい“インフルエンサー”であるメディアが、こうした情報の拡散に無自覚に加担することは許されない」と語った。
なお、ハフポスト日本版は、この映画に対する福島県の対応を明らかにするため、公文書の開示請求を行ったが、県(担当・風評・風化戦略室)は「請求に係る公文書は作成、取得しておらず、保有していない」という理由で不開示とした。
(取材・執筆:相本啓太)

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