福島・甲状腺検査、研究計画書を2020年に「データ分析」へ変更。過剰診断など“倫理審査の射程外”に【独自】

3 ヶ月前 17

福島県が県立医科大学に委託して実施している甲状腺検査。そこに潜む「倫理的問題」は、いったい誰が議論しているのかーー。

「過剰診断のリスク」や「学校検査の任意性の欠如」といった問題を議論する場が、実質的に”宙ぶらりん”となっている。

背景にあるのは、2020年に行われた検査に関する「研究計画書の変更」だ。

それまで「検査そのもの」を研究対象としていた計画書が、「データの分析」へと様変わりし、県立医大の倫理審査委員会がこれを承認していたことが、ハフポスト日本版が実施した公文書開示請求で判明した。

この変更により、検査は「福島県の事業」、研究は「データ解析」として切り分けられ、検査そのものの問題は、倫理審査委員会の“審査の射程”から外れる構造になった。

開示された公文書や、研究倫理の専門家への取材から、その実態に迫る。

甲状腺検査開始前に実施されたリハーサル(福島市の福島県立医科大、2011年10月8日)
甲状腺検査開始前に実施されたリハーサル(福島市の福島県立医科大、2011年10月8日)

時事通信社

経緯を振り返る

約1000億円という膨大な予算が配分された福島県県民健康調査。その中の一つである甲状腺検査は、2011年10月から始まった。

検査の対象者は、震災当時に県内に住んでいた18歳以下(胎児を含む)の約38万人。これまで367人が「悪性ないし悪性疑い」と判定され、そのうち310人が手術を受けている。

ただ、福島で多くの甲状腺がんが見つかっているのは、「放射線被曝の結果ではない」というのが世界的なコンセンサスだ。

原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、2020 / 2021年報告書で「高感度な甲状腺スクリーニングプログラムの結果である可能性が高い」と指摘。

放射線被曝から起こる健康被害についても、「将来において検出されるとは想定されない」と結論づけている。

また、福島で見つかっている甲状腺がんの大半は、予後が良いとされる「乳頭がん」であることがわかっている。

小児や若者で発見される甲状腺がんに関して活動する医師らでつくる、若年型甲状腺癌研究会(JCJTC)によると、若年の甲状腺がんは治療への反応が非常に良く、5年生存率はほぼ100%。

甲状腺専門医・髙野徹さん(甲状腺がんの分子病理学)も以前、ハフポストの取材に「若年性の甲状腺がんの早期診断は有害無益で、手術をしても将来の福島における甲状腺がんの死亡率は変わらない」と述べている。

チョルノービリ原発事故で小児甲状腺がんの増加が見られたベラルーシでの小児甲状腺被曝線量(上)
チョルノービリ原発事故で小児甲状腺がんの増加が見られたベラルーシでの小児甲状腺被曝線量(上)

環境省

浮かび上がる「過剰診断」問題

こうした背景から浮かび上がるのが、放置しても生涯にわたって何の害も出さない病気を見つけてしまう「過剰診断」の問題だ。

同問題を巡っては、その実態をまとめた韓国の論文が2014年、権威ある医学誌・New England Journal of Medicine(NEJM)に掲載され、注目を集めた。

韓国では1999年から、超音波による甲状腺がんスクリーニングへの公的支援が始まった結果、2011年には1993年比で診断数が約15倍に急増した。

しかし、死亡率はほとんど変わらず、命に関わらないがんを大量に発見し続けていた実態が明らかになった。

このような過剰診断の被害を生む懸念から、国際がん研究機関(IARC)は2018年、「原発事故後であっても住民全体を対象とした甲状腺スクリーニングの実施は推奨しない」と勧告。

アメリカ、カナダ、オーストラリアの専門学会も、甲状腺に異常がなければルーチンで甲状腺超音波検査を指示しないよう推奨している。

一方、こうした国際的な流れに逆行するように、福島県では今も、無症状の子どもや若者を対象とした甲状腺検査が続いている。

特に、検査が学校の授業時間内に行われていることについては、「子どもが参加を断りにくい状況が生まれる」「任意性が欠如している」などと、複数の専門家から“医学倫理的に問題がある”との指摘が出ている。

過剰診断で被る不利益の可能性(※宮城学院女子大学・緑川早苗教授への取材をもとに作成)
過剰診断で被る不利益の可能性(※宮城学院女子大学・緑川早苗教授への取材をもとに作成)

ハフポスト日本版

倫理審査委員会が「お墨付き」

“医学倫理的に問題がある”ーー。本来、このような問題を防ぐ役割を担うのが、「倫理審査委員会」だ。

甲状腺検査を実施している福島県立医大にも設置されており、国の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」や、医学研究の倫理的原則をまとめた「ヘルシンキ宣言」が遵守されているかどうかを、独立した立場で審査している。

しかし、県立医大の倫理審査委員会はこれまで、過剰診断や学校検査といった問題が指摘されている甲状腺検査に対し、「待った」をかけるどころか、実質的に「お墨付き」を与えてきた。

なぜ、検査に「待った」をかけることができないのか。

ハフポストは2026年1月20日、県立医大に公文書開示請求を実施。2011年以降の倫理審査申請書や研究計画書、倫理委員会の議事録などの開示を求めた。

県立医大からは、1月30日付で開示決定期間の延長通知があり、3月6日付で開示対象文書の一覧が届いた。

倫理審査委員会の議事録などは不開示となったが、開示された研究計画書などからは、審査のあり方への疑問が浮かび上がった。

「国の指針やヘルシンキ宣言が遵守され、適正に行われるよう審議する」と書かれている
「国の指針やヘルシンキ宣言が遵守され、適正に行われるよう審議する」と書かれている

福島県立医科大学のウェブサイトから

研究課題名や目的が変わっていた

開示された資料の中で特に目を引くのが、2020年における「研究課題名」の変更だ。

2020年3月、福島県立医大の倫理審査委員会は、“県民健康調査の一環としての福島県居住小児に対する甲状腺検査”という課題名の研究計画書を許可した。

研究の目的は「小児健康調査の基礎情報収集」とされ、計画書にはスクリーニング検査や細胞診、超音波精密検査といった、検査そのものの実施方法などが記されていた。

この時点では、子どもや若者を対象とした甲状腺検査自体が「研究」に含まれていたことがわかる。

しかし、半年後の2020年9月、同じ整理番号「1318」のまま許可された研究計画書では、“「『県民健康調査』の一環としての福島県居住小児に対する甲状腺検査」のデータを利用した観察研究”という課題名に変更されていた。

目的を「甲状腺検査により得られた検査結果等のデータを利用して分析を行う観察研究を行い、原子力発電所事故に関連する健康影響を調査・研究する」とし、ロジスティック回帰分析などの統計解析手法も新たに加わっていた。

つまり、2020年を境に、「甲状腺検査そのもの」を研究対象としていた研究計画書が、「(甲状腺検査で得られた)データの分析」へと様変わりしたということだ。

過剰診断や学校検査を巡る問題が指摘されているのは、あくまで検査そのものであるため、研究の内容がデータ分析へと様変わりしたことで、検査の問題は建て付け上、県立医大の倫理審査委員会の“審査の射程”から外れる構造になった、と言える。

実際、変更後の研究計画書には、「本研究は甲状腺検査で得られた結果を収集して解析するものであり、研究対象者に特段の不利益は生じない」といったことが書かれている。

過剰診断などの検査のリスクに関する説明についても、「県民健康調査検討委員会の審議結果に従い、福島県の指示により決定・修正を行う」と記述されている。

2020年3月の研究計画書は「甲状腺検査」、同年9月は「データを利用した観察研究」になっている
2020年3月の研究計画書は「甲状腺検査」、同年9月は「データを利用した観察研究」になっている

Huffpost

検討委員会は“アリバイ作りの場”?

甲状腺検査の問題が建て付け上、福島県立医大の倫理審査委員会の“審査の射程”から外れる構造になった。では、誰がこの問題を議論するのか。

残る場は、福島県が設置する県民健康調査検討委員会しかない。だが、この委員会で、検査そのものの問題を十分に議論できているのか。

2025年11月の同検討委員会(第53回)では、県側が7巡目の甲状腺検査の実施計画案を示した際、委員から「7巡目の検査に反対する」「過剰診断が予想されるのであれば検査を実施すべきではない」との声が上がった。

しかし、県の担当者は「デメリットを周知しながら対応する」と述べるにとどめ、同委員会の重富秀一座長が「あなたの意思で受けなさいよ、ということでやっていただく。お認めいただけますか」と議論を打ち切る場面があった。

また、2017〜19年に検討委員会と甲状腺検査評価部会(検討委員会の下部組織)の委員を務めた甲状腺専門医・髙野徹さんは以前、取材に「有識者に意見を聞いた、という“アリバイ作りの場”にすぎないのではないか」と証言。

2018年の甲状腺検査評価部会で、「甲状腺検査は医学倫理的に問題がある」と問題提起した後、その後の部会では「『検査の方法を変えるのはまかりならん』という雰囲気になっていた」と明かしている。

このような経緯から、若年型甲状腺癌研究会(JCJTC)は2025年6月、県に「利害関係のない新たな委員会の設置」などを求める要望書を提出した。

だが、現時点で査の継続を見直したり、新たな委員会を作ったりする動きはない。

県の植田浩一・県民健康調査課長は取材に、「検討委員会で委員から過剰診断や学校検査の問題点に関する指摘は出ている」としつつ、「問題点を含めて議論されており、それらの意見を踏まえた上で検査の継続している」と述べた。

検査についても、「本人の同意をとった上で適切に実施している」と語った。

2020年9月の研究計画書では、甲状腺検査は「事業」、研究は「データの解析」と明確に分けられている(※赤い枠は筆者が記載)
2020年9月の研究計画書では、甲状腺検査は「事業」、研究は「データの解析」と明確に分けられている(※赤い枠は筆者が記載)

Keita Aimoto

「審査の射程」から外れる構造に

甲状腺検査の問題を議論する場が、実質的に“宙ぶらりん”となっていることについて、専門家はどう見るのか。

宮崎大学医学部社会医学講座研究の倫理と政策学分野・清水右郷さん(研究倫理)に、ハフポストが入手した資料を共有し、分析してもらった。

まず、2020年にこうした変更が行われた理由について、清水さんは「研究の根拠となる倫理指針そのものが変わったことが考えられる」と指摘した。

甲状腺検査が始まった2011年当時は、疫学研究に関する倫理指針と臨床研究に関する倫理指針が別々に運用されていたが、2014年に統合され、2017年には大幅な改正も行われた。

このことから、「様式などを新しい指針に合わせて書き直す必要があったとみられる」という。実際、2020年8月付の許可申請書にも、変更の理由として「現行書式に修正」と記載されている。

そして、この書き直しのタイミングで、検査自体も研究の対象に含まれていた構造を整理し、検査の管理は福島県、研究は検査で得られたデータ解析という形に改めたのではないか、と清水さんは指摘する。

事業と研究をこのように切り分けること自体は、医学研究の中でも広く見られる整理だという。

しかし、この整理には“副作用”も伴っていた。

「事業と研究を切り分けたことで、過剰診断や学校検査の任意性といった検査自体の問題が、県立医大の倫理審査委員会の“審査の射程”から外れる構造になった。それらの倫理問題が県の検討委員会で適切に扱えるかどうかが問題になる」と、清水さんは語る。

また、この切り分けは、“お金の流れ”にも矛盾を残していた。

2020年9月の研究計画書を見ると、データを解析する研究の費用は、検査の事業費から捻出される形になっている。

これについて清水さんは、「『事業と研究を切り分けた』としながら、データ解析の研究も事業費でまかなう計画のままであり、すっきり分られていない。倫理審査委員会も『検査自体の問題とは全く無関係です』という顔はできないのではないか」と話した。

2020年9月に許可された「データの分析」に関する研究計画書。「福島県からの受託事業費から支出する」と記載されている
2020年9月に許可された「データの分析」に関する研究計画書。「福島県からの受託事業費から支出する」と記載されている

Keita Aimoto

研究計画書から読み取れない議論

清水さんが指摘するのは、事業と研究の切り分けだけではない。

甲状腺検査そのものが研究の範囲だった2020年3月までの段階でも、問題が十分に審査されていたかは定かではないという。

研究倫理の基本には「リスクとベネフィットを比較する」という原則があり、リスクが大きければ「やめたほうがいい」という議論が倫理審査委員会の中で出るはずだ。

しかし、甲状腺検査は一度も立ち止まることなく続いている。

議事録が開示されていない以上、倫理審査委員会の中でどのような議論が交わされたかは確認できない。ただ、清水さんは倫理審査そのものに構造的な問題があると指摘する。

日本では現在、医学系の倫理審査委員会が全国に3000近く登録されているが、運用の実態は様々だ。

委員会は基本的に申請者が提出した資料をもとに審査する仕組みで、過剰診断など外部で積み上がったエビデンスのチェックは義務化されていないという。

審査の深さは、委員の専門性や委員会の姿勢に大きく左右され、気づいた委員が自主的に議論を提起することはあり得るが、「それも委員会や委員個人の取り組みに委ねられている部分が大きい」と、清水さんは語る。

もっとも、甲状腺検査は社会的注目度が高く、福島県の子ども・若者全員に関わる大規模なものだ。

清水さんは、「倫理委員会として、特別なリソースを割いて通常より慎重に審査するという考えもあり得た」と指摘した。

このほか、検査対象者らに配られる説明文書のあり方についても、問題があるという。

甲状腺検査のメリット・デメリットを伝える説明文書には「過剰診断」の文言は使われておらず、「将来的に症状やがんによる死亡を引き起こさないがんを診断し、治療してしまう可能性がある」といった表記が用いられている。

清水さんは「過剰診断の問題や、原発事故後であっても甲状腺スクリーニングを推奨しないとする国際機関の提言を踏まえ、『甲状腺検査は公衆衛生上はやるべきではないと言われている』という趣旨の一文を入れ込むこともできたはず」と指摘。

研究におけるインフォームド・コンセント(説明と同意)に関する文書は、倫理審査委員会がコントロールすべき部分だとした上で、「過剰診断や国際的な提言を具体的に記載することについて、倫理審査委員会がどのように議論したかが重要な問題だ」と述べた。

◇

ハフポスト日本版では、福島県で実施されている甲状腺検査の問題を継続取材しています。

情報提供は、ハフポスト日本版の記者・相本啓太のメールアドレス(keita.aimoto@huffpost.jp)で受け付けています。

なお、相本記者がこれまで書いた甲状腺検査に関する記事は「福島の甲状腺検査・過剰診断」から、福島全般の記事は「福島県や被災地に関する報道」からそれぞれ読むことができます。

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