
経済成長やデジタル化によって急速な変化を遂げるインド社会では、女性の社会進出が進む一方で、依然としてカーストやジェンダーに根差した不平等が存在しています。今回のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』ではジャーナリストの引地達也さんが、ドキュメンタリー映画『燃え上がる女性記者たち』を手がかりに、ポストCOVID-19期におけるインド社会の変容を、ジェンダーとカーストの視点から考察し、日本との関係性も踏まえながら今後の社会のあり方を考えています。
インドのジェンダー、「燃え上がる女性記者」から考える
日本メディア学会で私と共同研究者である上智大学のアルン・デゾーサ先生との共同発表「南インドの社会変容に向けた報道の考察 ポストCOVID19のジェンダーとカーストを焦点にして」を前に、どうしても避けては通れない映画がある。
「燃え上がる女性記者たち」だ。
この映画は2024年に日本で公開されたドキュメンタリーだが、ジャーナリズムとITメディアの最前線を同時に表現した作品で、差別に立ち向かう取材の過程や発信がオンライン化していく過程だけではなく、1人の女性が記者になっていく成長と挫折も描いている。
差別構造の中での記者活動は勇気が試される過酷な戦い。
彼女たちの決意に満ちた行動に胸を打たれる。
「おそらくこれまでで最も感動的なジャーナリズム映画」(ワシントン・ポスト紙)の表現も大げさではない。
インドを知るには、やはり、社会構造と女性差別の根強さは避けて通れないのが実態だ。
インドの差別構造とは、社会に根付いているカースト制である。
この制度は誰もがあることは認識していても、その説明となると「よくわからない」と口にする人も多い。
教科書通りに言えば、カーストは上位から、バラモン(聖職者)、クシャトリア(軍人)、バイシャ(農工商人)があり、ここまでを「上位カースト」とされ、「下位カースト」としてシュードラ(隷属民)が位置づけられている。
さらに、このカースト外の被差別民としてダリト(不可触民)がある。
「よくわからない」カーストは2027年度に国勢調査が行われる予定で、1492億ルピー(約2500億円)の予算で340万人の調査員を要してカースト人口を明らかにする予定である。
1931年以来、96年ぶりにカースト人口が明らかになるようだが、調査結果は数年かかるとの見方もある。
さらにはこの調査は昨年の総選挙前に与党が選挙対策として公約化された面もあり、実行において不安もよぎる。
この記事の著者・引地達也さんのメルマガ
あいまいなカーストであっても、社会では厳然とその存在はゆるぎない。
結婚、職業、そして犯罪被害。
ダリトが被害者の事件に警察は動かず、その住まいに電気は通っていない。
「誰も信用できない」(ダリトの集落の男性)世の中で、ダリトの女性記者は果敢に取材し発信し、その差別を明らかにようとする。
作品はインド北部のウッタル・プラデーシュ州で、ダリトの女性たちが立ち上げた新聞社「カバル・ラハリヤ」の記者を追って、5年をかけて作られた長編のドキュメンタリーで、監督はインド出身のリントゥ・トーマスさんとスシュミト・ゴーシュさん。
2021年にサンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門の観客賞と審査員特別賞を受賞。
日本では山形国際ドキュメンタリー映画祭2021市民賞。第94回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされるなど高い評価を得ている。
新型コロナウイルスにより30万人以上が亡くなったとされるインドのコロナ後は内需中心の経済構造もあり、国全体の経済は落ち込んだ。
その中で女性の仕事が増えたとの見方と、オンラインによるビジネスの拡充で可能性が増えたとの指摘もある。
コロナ後の社会変化と人口増の継続と経済成長が見込まれる中でますます日本との関係も親密になってくる。
だからこそ、深く根差したカーストの今後を差別解消という視点で考えていきたい。カーストがあることで、差別が当然視された中ではジェンダーの議論は始まらない。
映画では、記者として活動する女性を丹念に追いながら、その女性が家庭の中では妻であり、娘であり、親である面も描く。
生活者としても自律している女性記者が、普通に仕事に従事できる未来を日本からも一緒に考えていけないだろうか。
新しいインドとのお付き合いをより良好にするために。
この記事の著者・引地達也さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com
MAG2 NEWS

1 時間前
1





English (US) ·
Japanese (JP) ·