
2024年3月13日、北朝鮮で訓練に参加した兵士たちと面会する金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長(中央)の姿(朝鮮中央通信/韓国ニュースサービス via AP、ファイル写真)
By Andrew Salmon – The Washington Times – Wednesday, April 29, 2026
【ソウル(韓国)】北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は今週、「名誉のためには死を選ぶ」という古い軍の伝統、すなわち捕虜となるより自殺する行為が、同国軍で依然として重んじられていることを確認した。
正恩氏は、ウクライナ戦争に投入され、ロシア兵とともに戦った部隊をたたえる記念施設と博物館の開館式で演説し、自ら命を絶った兵士を称賛した。
北朝鮮国営メディアによると、正恩氏は「彼らは英雄的な死を遂げた」と語った。
式典にはロシアのベロウソフ国防相やボロジン下院議長も同席した。北朝鮮はロシアの戦争を公式に支援するため兵士を派遣した唯一の国だが、ウクライナ政府によると、キューバ、中国、アフリカの傭兵もロシア側で戦っている。
正恩氏とロシアのプーチン大統領は2024年6月に平壌で相互防衛条約に署名した。同年8月にはウクライナ軍がロシア西部クルスク州に侵攻した。
最大で約1万3000人の北朝鮮兵がロシア軍に加わり、ウクライナ軍の拠点を攻撃した。交戦したウクライナ軍は2025年3月までに国境線まで後退、北朝鮮兵がロシア兵より戦闘能力に優れていることを認めた。
正恩氏は「自爆戦術はわが軍の忠誠心の極致だ」と述べた。
「自爆」に言及したことで、捕虜になる状況で北朝鮮兵が自殺することを初めて公式に認めた。
この凄惨な慣行は、近代では旧日本軍や過激なイスラム過激派に見られるもので、北朝鮮で徹底した思想教育が行われていることを示している。
だが、それも完全ではなかった。
捕虜となり、人道的な扱いを受けたり、体制によるプロパガンダのうそに気付いたりしたことで転向した北朝鮮工作員も少数ながら存在し、体制の脆弱さを露呈した。
北朝鮮兵の「自爆」はウクライナのドローンの映像でも確認されている。負傷した兵士が手投げ弾のピンを抜き、防弾ベストの中に入れて爆発させた。捕虜になるのを避けるためだ。
「命がけの抵抗」を称賛する例は多くの文化、軍隊で見られ、米国でもアラモやリトルビッグホーンでの先住民の戦いが知られているものの、ごくわずかだ。ほとんどの軍隊は抵抗が不可能になった場合、降伏する権利を認めている。
現代において、このような慣行を軍全体で採用しているのは北朝鮮が初めてだ。
第2次世界大戦の太平洋戦線では、捕虜になることを拒否し、死を覚悟して「万歳突撃」を行った大日本帝国軍(IJA)の兵士らに、連合軍兵士は衝撃を受けた。
「リメンバリング・サンタヤーナ-日本との戦争で学ばれなかった教訓」(2017年)の著書で知られるポール・デブリーズ氏は、日本に深く根差した文化が兵士らにそうさせたと指摘する。
「日本兵は自国の大義にすべてをかけ、武士の自決文化の影響を受けていた。義務や恥、責任感から自ら死を選んだ」
皮肉にも、北朝鮮の建国者である金日成主席は反日闘争で名を上げた人物だった。
1948年に新生北朝鮮の指導者としてヨシフ・スターリンに選ばれ、政権トップに就く以前、民族主義的共産主義者の金日成―正恩氏の祖父―は、1930年代に満州の険しい地形の一帯での過酷な戦闘で、ゲリラ部隊を率いていた。
しかし朝鮮王朝史において、死ぬまで戦う伝統は確認されていない。韓国の退役少将シン・ギョンス氏は「私たちの歴史の中でそのような例は思い当たらない」と語る。
また共産主義自体にも死を美化する思想はなく、第2次世界大戦では、侵攻してきたドイツ軍にソ連の赤軍兵が大量に投降している。
デブリーズ氏は、正恩氏が敵から影響を受けた可能性を指摘する。
「武士道の文化は日本全体で大日本帝国時代へと受け継がれ、朝鮮半島にも一定程度影響を与えた」と述べた。
日本は1910年から1945年まで朝鮮を植民地支配していた。
正恩氏の考えは違うものの、目上の人や組織に対して奉仕するという東アジアの儒教文化が影響している可能性については認めている。
米陸軍の元尋問官ボブ・コリンズ氏は、その要因は体制の思想教育にあるとする。
コリンズ氏によると、北朝鮮では国民に「唯一思想体系確立の10大原則(TPMI)」を植え付ける教育が行われる。金一族への忠誠と義務が徹底され、兵役期間中もその教育は継続される。
コリンズ氏は2025年に北朝鮮特殊部隊に関する論文「リコネッサンス・ゼネラル・ビューロー(偵察総局)-プレシャス・トレジャード・ソード(伝家の宝刀)」で、「北朝鮮の全国民はTPMI教育を受けなければならない。金一族が何を言い、何をしてきたかが教えられる」と指摘している。
北朝鮮の男性は10年間の兵役に就く。その間も思想教育は続く。
「19歳から20歳だ。捕虜になることは金一族への不忠と見なされる」とコリンズ氏は指摘する。
また、恐怖が動機になっているという点でデブリーズ氏と重なる。
「捕虜になり、それが知られれば、『連座制』によって家族にも悪影響が及ぶ」
ウクライナ戦争以前から、北朝鮮の工作員には捕虜になるのを避けるため自殺する伝統があった。それでも、その思想の壁にほころびが生じることもある。
1968年、韓国大統領の暗殺を目的に派遣された特殊部隊は、ほぼ壊滅した。
1983年、ミャンマーのラングーンで韓国の政治代表団を狙って爆弾を仕掛け、閣僚らを殺害した北朝鮮工作員が拘束され、自白を拒んだ末に絞首刑に処された。
1987年には、中東で韓国の旅客機を爆破した北朝鮮工作員が、拘束される直前に自殺用の薬で命を絶った。
さらに1995年には、北朝鮮の潜水艦が韓国沖で座礁した。乗員の水兵と特殊部隊員のうち1人だけが投降し、残りは互いに殺し合うか、韓国軍との戦闘で死亡した。
しかし、これらの作戦に関与した工作員のうち一部は転向した。彼らの心変わりは、拘束後に人道的な扱いを受けたこと、あるいは自らが信じていた宣伝が虚偽であると気付いたことによるものだった。
1968年の襲撃後には、特殊部隊の一人である金新朝氏が投降し、韓国情報機関により転向させられ、後に韓国でプロテスタントの牧師となった。
1983年のラングーン事件後には、生き残った北朝鮮工作員の姜敏哲氏が重傷を負いながらもキリスト教に改宗し、その後ミャンマーの刑務所で死亡した。
1987年の爆弾テロ事件後には、工作員の金賢姫氏(コードネーム「マユミ」)が拘束された。彼女は、自らの教育とは相反する韓国の繁栄に衝撃を受け、取り調べ官と結婚し、反北朝鮮活動家となった。
また1995年の潜水艦侵入事件後にも、特殊部隊員の一人が拘束され、転向した。
最近では、ロシアのクルスクでウクライナ軍により北朝鮮兵2人が拘束された。2人とも負傷しており、自殺することができなかった。
韓国メディアの取材に対し、2人はいずれも韓国への亡命を望んでいると語った。
韓国の特殊部隊を指揮した元中将のチョン・インボム氏は、「20年に及ぶ洗脳も、たった一言の優しい言葉で崩れる。ほほ笑みと温かいお茶、それだけで自殺する覚悟だった彼らは心を開いた。北朝鮮は実にもろい」と語った。
だがコリンズ氏は、必ずしもそうではないと強調する。
同氏は1970年代に拘束された女性スパイの例を引き合いに出しながら、「私の情報・尋問部隊には10室の小さな拘置施設があったが、そこにいたある女性は自分の指をかみ切り、その血で独房の壁に金日成への忠誠を書き続けた。彼女は最後まで転向せず、生涯を刑務所で終えた」と語った。

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