『思いどおりにならない人生を変える生命科学 すべて本能のせい 科学的に正しい脳との付き合いかた』(ダイヤモンド社) - 著者: 高橋 祥子 - 橋爪 大三郎による書評

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思いどおりにならない人生を変える生命科学 すべて本能のせい科学的に正しい脳との付き合いかた
『思いどおりにならない人生を変える生命科学 すべて本能のせい科学的に正しい脳との付き合いかた』(ダイヤモンド社)著者:高橋 祥子

夜中のスマホで今日も寝不足。大事な用件ほど先延ばし。同期が昇進するとなぜか落ち込む。…それ、あなたの意志が弱いせいじゃないです。脳がそうなっているだけ。お悩みのど真ん中にストレート、生命科学が決め球である。

文章が平易だ。なんだそうだったのか、早く教えてよとすらすら読める。それを要約するのは野暮だけど、書評なので許してね。

著者はまず尋ねる。人類の歴史三○万年を一年に縮めたとして、スマホの登場はいつごろですか。答えは≪十二月三十一日午後十一時三十七分ごろ≫。人類は長い間狩猟採集で生きてきた。情報社会になったのはごく最近のことで、脳が追いつかないのである。

第一章「生きのびるための脳」は基礎編だ。昔は栄養不足で、高カロリーのものなら沢山(たくさん)食べた。生き残りに有利。目の前のスナックに手が伸びるのはそのせいだ。猛獣にも襲われた。「ネガティビティバイアス」といって、恐怖やマイナス情報は頭に残りやすい。脳にどんなクセがあるか理解するのが、うまく生きる第一歩だ。

第二章は「集団で生きるということ」。集団で生きるのも生存戦略だ。仲間に認められることが大切。承認が得られないと脳が痛みを感じる。孤立すると炎症性サイトカインが分泌されて身体が傷つく。オキシトシンというホルモンは仲間との絆を深めるが、よそ者を排除する傾向になりがちだ。

第三章は「なぜ私たちは生きづらいのか」。集団では互いに優劣を競う。優位だと思うとテストステロンやセロトニンが分泌され満足する。そこでつい無理もする。コストシグナルはオス孔雀(くじゃく)の羽根のように、損をしても優位を示すことだ。見た目も大事。化粧すれば自分を健康に見せ、好意を得られやすい。こんな果てしない競争に呑(の)みこまれるから疲れる、自分だけのものさしを持つことだ。

第四章「『わかったつもり』で生きている」。脳は現実をありのままに認識しない。情報を要約してすばやく結論を出す。「確証バイアス」があって、これまでの予測どおりだとドーパミンが出る。でも、わかりやすい情報が正しいと限らない。あふれる情報の中、手軽な物語を疑うべき。一人の脳で考えない読書会が有効だ。

第五章「人間にしかできないことは何か」。AIは身体がなく死なない。人間のように考えない。有限なのが人間の創造の源だ。脳のあるままを理解し「距離」をとることが、よく生きるコツだ。

著者は生命科学者で、バイオベンチャーを起業した。「本能」は≪進化の過程で獲得された脳や身体のさまざまな生物学的な仕組みを包括的に表す言葉≫で、宿命論ではない。本書のよい点はただの知識でなく、著者の実体験を踏まえたアドヴァイスが随所に散りばめられていること。社会に適応しようとすればするほどうまくいかないあなたの困った現状を科学的に診断したうえで、脳と身体の仕組みを理解してうまく付き合うといいよと指南してくれる。ブックガイドや文献も充実している。

文体も革命的だ。原則、一文が一段落。でもぶつ切りにならず心地よいリズムを刻む。脳と身体の専門家だから、言葉がどう頭に入っていくか計算してある。ベストセラーなのも納得の出来栄えだ。
【初出メディア】
毎日新聞 2026年10月17日
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