「そのときは本を読むしかなかったので、いろいろな本を読みました。作者の言葉をとおしてポジティブな気持ちになれました。たとえば、ブレイディみかこの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』では、イギリスの人種差別や階級問題がとりあげられていて、弱い立場の人の声でも文章で社会に伝えることができるんだとわかり、勇気づけられました」
この言葉は、日本に住む16歳の女の子が書いたものだ。彼女は小学5年生の時、「自分はまわりにいる友達とは全然違って、生きる権利を持っていないことを知りました」と書く。
なぜなら彼女は外国人で、日本に滞在するための合法的な資格=在留資格がなく、「仮放免」という状態だから。
「じゃあ仕方ないじゃん」「自分の国に帰ればいい」という人もいるかもしれない。
しかし、彼女が生まれたのは日本。以来、この国で暮らし、日本語で話し、思考し、教育を受けてきた。日本生まれ、日本育ちの私たちと同じように。
が、仮放免だと多くの制約がある。まず働くことは禁じられるのでアルバイトもできない。健康保険証もなければ住民票もない。
そんな彼女は小学生の頃から入管に行くたび、「早く自分の国に帰ってください」と言われてきたという。が、「自分の国」と言われても、言葉もわからず、知り合いもおらずルールもわからない。
高校生で、将来のことを考えなければいけない時期だが、働くことを禁じられている立場では「この先」をまったく描けない。学校で「将来の夢」について発表する時は、就けるはずのない職業について考えなければならないのが苦痛だ。
彼女が冒頭の言葉を寄せたのは2022年、「在留資格のない外国人の生存権を求める院内集会と省庁交渉」でのことだった。
彼女のことを紹介したのは、そんな立場の高校生がブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んでいた、ということがずっと印象に残っていたからだ。
私もこの本を夢中で読んだ一人だ。そんなブレイディさんが7月に『それはどこでも起こり得る』(文藝春秋)を出版。一読して驚いたのは、まさに今、この国で起きていることとあまりに似たことが彼女が住むイギリスでも勃発しているということだ。
本書では、社会のキーワードとなっている言葉をブレイディさんが選び、それについて掘り下げているのだが、取り上げられるのは「自己責任」や「極中(エクストリーム・センター)」、「クラス・シーリング(階級の天井)」や「個人的なことは政治的なこと」などなど。
どれも興味深いテーマで視界が一気に開けるような発見に満ちているのだが、もっとも唸らされたのは最終章で紹介される「リマイグレーション」(再移住)。
さて、それではトランプ政権や欧州の極右勢力が使う「リマイグレーション」とはなんなのか。本書から引用しよう。
「マイグレーション(migration=移住)に、『再び』『後ろに、元の場所に』を意味する接頭辞(re-)をつけた言葉で、あえて日本語に訳せば『再移住』となる。が、真の意味は、非白人の少数民族、特に移民(時には国内で生まれ市民権を持つ人々も含む)を人種的祖先の場所へ大量に追放することであり、『ソフトな民族浄化』とも呼ばれる」
ドイツの極右政党AfD(ドイツのための選択肢)はリマイグレーションを政策綱領の一部に入れており、またトランプ大統領も24年の大統領選で不法移民のリマイグレーションを呼びかけたという。
そうしてブレイディさんが「移民」として30年暮らすイギリスでは、25年から排外的な主張の「リフォームUK」が政党支持率1位を独走、今年5月のイギリス地方選では大勝をおさめた。ブレイディさんは「同党の政策が、きわめてリマイグレーション的であるのは間違いない」と書く。
なぜなら党首のナイジェル・ファラージ氏は、最大100万人の不法移民や強制送還対象者を5年間で英国から送還する計画を発表しており、この計画を「オペレーション・リストアリング・ジャスティス(公正回復作戦)」と呼んでいるからだ。
その一環として発案されたのが、永住権剥奪。
24年の終わりで43万人だった永住権保持者(主にEU以外の国から来た人々)からそれを剥奪し、5年更新のビザに強制的に切り替えるのだという。それ以外にも高所得、英語力など厳しい条件があり、条件を満たさなければ永住権で英国に住んでいた人々も強制送還の対象になるという恐ろしい計画だ。
それを実行するために、ファラージ党首は政権を取ったら欧州人権規約(ECHR)から脱退するとまで言っているという。リマイグレーション的政策の足枷になるからだ。
しかし、「生命の権利や拷問の禁止、公正な裁判を受ける権利、教育の権利、思想・表現の自由などの権利と自由を守るための条約から脱退したら、移民は大量に送り返せるかもしれないが、自国民たちもいつ自らの人権を国家から踏みにじられるかわからない」とブレイディさんは指摘する。
が、多くの人は「自分は大丈夫」と楽観している。だからこそ、「移民はいらない」などの煽動に乗せられる。
ここでブレイディさんが紹介するのが、アメリカのICE(移民関税執行局)職員による射殺事件。今年1月、ミネソタ州ミネアポリスで相次いで米国籍の二人が射殺されたが、二人はあまりにも強引なICEの移民取り締まり(ノルマがあるので移民に見えたら誘拐のように連行、米国籍者だったり合法移民だったら後で拘留を解けばいいというやり方だそうだ)に対抗するような活動をしていた人だった。
この事件からわかるのは、銃口を移民に向けたら、それがこちらを向くのはあっという間ということだ。
さて、現在の日本に目をやると、25年5月から「不法滞在者ゼロプラン」が始まっている。
「不法滞在なんて強制送還して当たり前」という人もいるだろうが、その中には、難民申請中だったり(申請中は送還しないのが国際的なルール)、さまざまな事情から在留資格を失っていたり、また日本生まれ・日本育ちの子どもも含まれることが特に問題視されている。しかし、送還者は増え続け、昨年、強制送還されたのは過去最多の318人で前年比27.7%増。
一方、昨年から外国人政策の厳格化が進められ、博士課程の大学院生への生活費支援の停止や、高校授業料無償化の対象から外国人学校の生徒や学生の排除などの制度変更が起きている。また社会保険料などを滞納した外国人に対し、27年6月から原則として在留資格の更新を認めない仕組みを導入するとも報じられている。
それだけではない。在留資格の更新・変更は現在の6000円から最大10万円へ、永住許可の手続きは1万円から20万円程度と突然の20倍アップ。また「経営・管理」の在留資格の取得要件も厳格化され、資本金が一気に6倍にまで「値上げ」された。
8月には、外国人の永住許可の要件を厳しくするガイドラインに「日本人世帯の平均を上回る年収水準」が盛り込まれてもいる。
ここで冒頭の仮放免の女の子の話に戻ろう。
この日の院内集会では、他にも多くの子ども・若者の声が紹介された。そんな人々は今まさに、「不法滞在者ゼロプラン」に怯えている。
「『ここで生きたい』と願うことは、そんなにいけないことなの?」
「なぜ、私たちの人生を無駄にするようなことをするのですか? 私たちは、ここで生きたい、ここで未来をつくりたいと思っています。それなのに、私たちの努力や夢が、誰かの判断一つで消されてしまうのは、とても悲しくて悔しいことです」
「私たちはここで一生懸命に生き、頑張ってきました。専門学校も奨学金も合格することができました。その歩みをどうか無駄にしないでください。急に強制送還になってしまったら、私たちの将来はどうなってしまうのですか。これからの人生をどうやって生きていけばいいのでしょうか。知らない国で知らない言葉でどうやって暮らせばいいかわかりません」
これらの言葉は、彼女と同じく強制送還に怯える外国籍の子ども・若者たちのものである。
16歳だった女の子は、もう20歳。今、彼女は、どこで何をしているだろう?

文藝春秋

2 ヶ月前
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