人はなぜ「越えてはいけない一線」を越えるのか

1 ヶ月前 11

人は徐々に変化していき、ある時に「一線を越える」

人が一線を越えるとき、私たちはしばしば、「ある瞬間に大きな決断をしたのだ」と考えがちです。

しかし、そうした劇的な変化が生じない場合もあります。

多くの場合、変化はもっと静かに始まるのです。

たとえば人間関係では、最初は違和感を覚えていた言動が、少しずつ気にならなくなっていくことがあります。

はじめは踏み込みすぎだと感じた会話が、そのうち自然なやり取りのように思えてくることもあります。

深夜の連絡や距離の近い言葉遣いも、繰り返されるうちに特別なことではなくなっていきます。

ここで働いているのが、人間の適応能力です。

本来この力は、環境や相手に合わせて関係を保つために欠かせないものです。

長く付き合うほど、相手の癖や小さな欠点に慣れていくのは、その自然な働きだと言えます。

ただし、この柔軟さには別の側面もあります。

それは、自分の中にあったはずの境界線まで少しずつ動かしてしまうことです。

人は一気に大きな逸脱をするのではなく、小さな例外を認め、それをその場ではもっともらしく説明し、同じような行動を重ねていく中で変わっていきます。

Shermin Kruse氏はこの流れを、「少しずつ流されるように境界線が動いていく過程」として説明しています。

さらに厄介なのは、警告の感覚そのものが弱まっていくことです。

本来なら違和感を覚えそうな行動に対しても、反応が鈍くなっていくことがあるのです。

Shermin Kruse氏も、この不思議な落ち着きが、感情が成熟した証しとは限らず、「境界線の変化に慣れてしまっているサインかもしれない」と述べています。

では、どうして人は流されていくのでしょうか。次項で、既存の研究から考慮します。

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