人は「個人は善」「集団は悪」「自分は最善」と判断しやすい

1 ヶ月前 7

人の善悪の判断は、対象によって大きく変わる

これまで心理学では、「自分は平均より良い人間だ」と考える傾向がよく知られてきました。

これは平均以上効果と呼ばれ、とくに道徳の分野で強く表れます。

多くの人は、自分のほうが他人より親切で、公平で、まじめだと感じやすいのです。

しかし、ここには大きな空白がありました。

従来の研究は、主に「自分と他人の比較」を扱ってきました。

ですがそれだけでは、「自分や他人を絶対的に見て、本当に善いと考えているのか」が分かりません。

たとえば、自分が他人より少し善いと思っていても、両方とも実は道徳的には低いと見なしている可能性もあるからです。

そこで研究チームは、「モラル閾値」という考え方を導入しました。

これは、「どの程度その行動をしていれば、道徳的に十分だと見なされるか」という基準です。

たとえば、「困っている人をどれくらい助ければ善い人と言えるか」「どの程度ポイ捨てをしなければ許されるか」といった、心の中の合格ラインのようなものです。

実験では、参加者に日常的な善い行動と悪い行動について考えてもらいました。

善い行動には、困っている人を助ける、リサイクルするなどが含まれ、悪い行動には、ゴミをポイ捨てする、誤って多く受け取ったおつりをそのままにする、といったものが含まれます。

参加者はまず、自分や他人がそうした行動をどれくらいの頻度で行うかを見積もりました。

次に、それぞれの行動について、「どのくらいの頻度なら道徳的に十分か」というモラル閾値も答えました。

この2つを比べることで、その対象が「道徳的に基準を満たしているかどうか」を調べられるわけです。

結果ははっきりしていました。

参加者は一貫して、自分自身の行動はモラル閾値を上回っていると見なしました。

つまり、自分は道徳的に十分どころか、かなり善い側にいると考えていたのです。

いっぽうで、ほかの参加者全体をひとつの集団として評価すると、その集団は閾値を下回ると判断されました。

つまり、「人々全体としては、道徳的に十分とされる基準に届いていない」と見なされたのです。

さらに興味深いことに、同じ集団の中からランダムに選ばれた一人を評価させると、その人は閾値を上回る「善い個人」と見なされやすくなりました。

しかも、その個人について詳しい情報が与えられていても、ほとんど何も情報がなくても、この傾向は見られました。

ここから見えてくるのは、非常に不思議な序列です。

人は「自分はかなり善い」「一人ひとりの個人もわりと善い」「でも集団になると道徳的に足りない」と考えやすいのです。

では、なぜこんなズレが生まれるのでしょうか。

より詳しい結果と、その背景にある心理については次項で見ていきます。

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