
軍事衝突が激化する一方で、水面下では協議が模索されているイラン戦争。異例とも言えるこうした状況は、国際社会にどのような影響を及ぼすのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、アメリカとイラン間の交渉を困難にしている要因とイスラエルの戦略的意図を分析。さらにトランプ大統領の「見誤り」が結果的に中ロを利する構図を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:ハード(戦争)とソフト(協議)が入り混じるアメリカ・イスラエル・イランの攻防の長期化が生む極めて不透明な国際情勢
行き詰まる米イラン交渉と「バンス」という突破口
つまりイラン側が言う“一切協議は行われていない”というのはある程度事実だと言えますが、実際には双方が戦争終結のための条件を提示し合い、話し合いの機会を伺っているのも事実です。
ただ、双方が提示している条件は、双方にとって決して受け入れることができない内容であることと、イラン側としてはウィトコフ特使とクシュナー氏が出てくる限りは一切の交渉には応じない姿勢を貫いていますので、何らかの根本的なチェンジが必要となります。
そこでイラン側がアメリカに提示したチェンジの要請が“バンス副大統領をアメリカ側の交渉窓口にする”というものです。
バンス副大統領といえば、通常はトランプ氏の意見に追従し、限りなくタカ派のイメージが強いのですが、今回のイラン攻撃については直前まで強く反対していたと言われており、イラン側としては「トランプ政権内の誰よりも中立的に・包括的に全体像を見ることができるリーダー」とのイメージを抱いているようです。
「4月7日までに停戦を目指す」という“イスラエルメディア”によるトランプ大統領の“意思”表明の信憑性は定かではないですが、国内外で批判が高まるアメリカによる対イラン攻撃と増え続ける民間人の犠牲、そして“親米”アラブ諸国からのアメリカ非難に直面し、トランプ政権が“出口”を探していることは確かなようで、国内外の声を整理してみた時、バンス副大統領の登場を期待する声が固まっていて、“4月7日まで”という期限の実現可能性はともかく、迅速な停戦または小休止(頭を冷やす機会の創出)をもたらすことができるのは、ずっとイランへの攻撃に反対してきたバンス副大統領を前面に押し出すことで、ペースを変え、かつ方向性を変えようという、アメリカ側の意図が見えます。
これに加え、あまり明らかにはならないのですが、バンス副大統領自身、あまりイスラエル寄りというイメージがなく、結果的にはベネズエラ作戦やIS掃討作戦に対する支持を表明するものの、今回のイスラエルと共にイランを攻撃するという作戦にも、またイスラエルがアメリカからの要請を無視して進めるガザへの攻撃やヨルダン川西岸地区への入植地拡大、そしてイスラエルの非人道的な行いに付き合わされているという状況にも明確な反対を突き付けつつ、まだトランプ大統領との関係が悪化していない稀有な存在であるため、国内外からの期待も高まり、イランも事態打開のための最後の砦として期待しているようです。
今、バンス副大統領がアメリカ側を代表するという案と共に、イラン側がアメリカに受け入れを迫っているのが、仲裁役をパキスタンまたはトルコに担ってもらうという案です。
パキスタンについては、サウジアラビアやUAEとの間に核の傘を含む双方防衛協定を結んだこともあり、アラブ諸国とのリンクが強まっており、イランとしては“アラブ諸国との繋ぎ”という別の要素も期待しているのではないかと思いますが、イランとも比較的近く、今回の“戦争”においても中立に近い立場を貫いていることから、アメリカ側も期待を寄せているとされています。
実際に、“停戦の条件”なるものをアメリカもイランも、パキスタン経由で間接的に伝えあっているようです。長年、お世話になっているパキスタンの大使曰く、「詳細については述べることはできないが、双方から連絡が来ていることは事実」とのことです。
和平仲介の機運を打ち砕くイスラエルの強硬姿勢
「核の街攻撃」が示したイランの冷静な抑制と意思表示
そのような中、【イスラエルとイランの歴史的な緊張と今回の本格的な戦争における転換点】として注意すべき(懸念すべき)事件が起きました。
イスラエルの核の街と言われ、イスラエル国内でもその街の存在に触れることがタブーとされてきたディモナに対してイランがミサイル攻撃を加えた事件です。
このディモナの存在はイスラエル人の間ですら語ることはタブー視されてきた核の街ですが、ディモナは実際の核施設(シモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センター)からは13キロほど離れている近接市街です。
今回、核施設ではなく、ディモナがイランの持つセジル2と思われる中距離弾道ミサイルで攻撃されたにもかかわらず、イスラエル側の迎撃に合わなかったことにはどのような含みがあるのでしょうか?
1つはイスラエルが誇るアイアン・ドームが空港などの重要施設やテルアビブなどの大都市の防衛に駆り出され、ディモナなどの地方都市には向かなかったのか、またはイスラエルが油断していたか、または防空システムのすきを突かれたのではないかと考えられます。ただ、地元の話によると、攻撃を知らせるサイレンが街に鳴り響いたにもかかわらず、防空ミサイルが発射された形跡がないことから、謎が深まります。
イスラエルが公然の事実とされている核兵器の存在には触れたくなかったのか?それとも、10月7日のハマスによる同時多発テロ事件の時と同様、政府および軍の油断を非難されることを恐れたのか?
2つ目の可能性は、イスラエル側の油断に加え、イラン側の誤射または意図的に外したという見方でしょうか。
ただこれは考えづらく、イランは射程2,500キロで誤射範囲100メートル未満と言われているミサイルを保有しており、かつ噂の核施設は衛星写真でも場所が鮮明に確認できるので、狙っていて外したというのは可能性が低いと思われます。
当該攻撃は数日前にアメリカ軍がバンカーバスター弾を用いてイランのナタンズの核施設を攻撃したことへの“核施設”返しの報復攻撃と見られていますが、直接に攻撃は行わず、核の街ディモナを攻撃することで、イスラエルに対して「核施設があることは知っている。これ以上、イランに手を出すなら、次は施設そのものを狙う」という微妙な脅しをかけているのか、アメリカとイスラエルがイランを糾弾する際に用いる“核兵器の開発および保有を止めろ”という主張を跳ね返し、「不法に核兵器を保有しているのはイスラエルのほうではないか」と、国際社会の目をディモナに向けさせることで、イランなりのjusticeを示したかったのかもしれません。
ただこれで一つ分かったことがあるとすれば、私たちが触れるメディアが伝えている“イランの弱体”や“国内の統制の混乱”などは偽りで、イスラエルのネゲブ原子力センターを狙うことによって起きる可能性が高いイスラエルとの“核を含む”戦争をギリギリのラインで防ぎつつ、イスラエル(とアメリカおよび国際社会全体)に対して明確なメッセージを送ることができるほど、イランには正常な指揮統制能力と機能が維持されており、まだ抑制的かつ冷静な判断ができる体制が維持されていることです。
つまり“死亡説”や“意識不明の重体説”が流れている最高指導者モジタバ・ハメネイ師は何らかの形でイランの現体制の舵を取っており、それをガリバフ国会議長などが支え、革命防衛隊が暴走しないように制御できていることを意味すると理解できます。
「ホルムズ危機」の裏で進むロシアの利得と影響力拡大
とはいえ、アメリカとイランの間での軍事的エスカレーションと、その背後にあるイスラエルの意図に国際社会は翻弄され、イランによるホルムズ海峡の封鎖によるエネルギー供給および石油関連化学(化学肥料や石油化学製品)などの生産・流通が大きくダメージをくらう状況に陥り、原油価格の高騰に伴うガソリン・軽油・重油の価格高騰と、各国の備蓄への影響、そして化学肥料の生産・流通の停止による食糧安全保障への懸念が拡大しています。
マーケットはトランプ大統領の発言に一喜一憂し、まさに翻弄されている状況で乱高下を繰り返して混乱を招いていますが、これはトランプ大統領がイランの実力を大きく見誤ったことと、NATO諸国がアメリカの独断専行の行動になびかずにアメリカ(とイスラエル)から距離を保つという誤算の結果と言えるでしょう。
その結果、誰が思わぬ利益を手にしたか?つまり、誰が“棚から牡丹餅”の利を得たと考えられるかといえば、間違いなくプーチン大統領とロシアではないかと思います。
ベネズエラへのアメリカの侵攻の後、イランへの攻撃が行われ、ホルムズ海峡が閉鎖されるという事態を受けて原油価格が高騰し、湾岸諸国の石油関連施設がイランのみならず、イスラエルからの攻撃対象にされ、悉く関係インフラが破壊され、湾岸諸国の生産能力の低下と、ホルムズ海峡閉鎖に伴う流通の停滞を受けて、大きな変化が起きています。
アメリカ自体は石油備蓄の懸念は少ないものの、アメリカ国民がガソリン価格に非常に敏感であり、原油価格の高騰がガソリン価格の高騰に直結することにより、トランプ政権への支持率が低下するという事態を嫌ったトランプ大統領が、禁じ手としてロシアに対する制裁を緩和し、ロシア産原油および天然ガスの国際市場への供給を許すという策に出たことで、これまで制裁下で弱みに付け込まれて買いたたかれていた原油・天然ガスの販売価格を上げることに成功し、巨額の収入を得ることに繋がりました。
背景には、トランプ政権による対ロシア制裁の緩和を受けて、ロシア産原油と天然ガスへのニーズが一気に高まり、インドや中国に対する切り札の獲得と、欧州各国に対する交渉ポジションの強化を一気に手に入れたことで、対ウクライナ戦争の原資が増え、ロシアがウクライナ戦争継続のための余力を回復することに繋がっています。
そして、アメリカがイランに手こずり、全世界に配備していた武器弾薬と装備を中東地域に移動させたことと、イスラエルへの武器供与を優先的に行うことにより、ウクライナへの武器供与を事実上ストップしたことで、ウクライナを軍事的に圧倒しやすくなっただけでなく、アメリカによるロシア・ウクライナ戦争への直接介入への懸念を大幅に軽減することに繋がるという“漁夫の利”を得ることになりました。
S&Pグローバルの副会長で、世界的なエネルギー経済学者のDaniel Yargin博士によると「まさにプーチン大統領とロシアにとって、宝くじが当選したかのようだ」と表現するほど、今回のイラン情勢はロシアを利することになったと考えます。
しかし、それがイラン情勢の解決を近づけるかというと、必ずしもそうとはならず、ロシアは今回の棚から牡丹餅で得た膨大な利潤を自らの対ウクライナ攻略に向けることができるだけでなく、友好国であるイランに対する支援の拡大と継続にもつながるという、非常に矛盾に満ちた状況を作り出しています。
「出口なき戦争」が招く世界的危機と中国の台頭
そして、今回のイラン情勢を巡るアメリカの思惑違いは、中国を利することにも繋がっています。
ホルムズ海峡の封鎖を受けて、世界最大の原油輸入国である中国は大打撃を受けることになりましたが、ロシアからの調達が可能なため危機的な状況には至ることはなさそうな情勢です。
そして、何よりも、アメリカによるアジア太平洋地域でのプレゼンスが格段に減少し、アジア太平洋地域のアメリカの同盟国を防衛するための部隊・兵力・装備(THAADなど)が中東に移転されていることで守りが弱まり、その結果、アジア太平洋地域における制空・制海権を中国が拡げることに繋がっているとの分析が上がってきています。
実際にアジア太平洋地域におけるアメリカ軍によるパトロールはこの2週間ほどで通常の3割減となっており、中ロが他国の領空で侵犯行為を行って、我が物顔で行動しているのも事実です。
イラン攻撃までかろうじて保たれていた世界におけるアメリカの軍事的なプレゼンスとバランスは、2月28日以降、日に日に崩れ、国際安全保障上の懸念が拡大していると思われます。
軍事的なハードコアな安全保障の揺らぎはもちろん、エネルギー危機、食糧安全保障、流通の危機、中東地域における水の安全保障(イスラエルおよびイランによる海水淡水化プラントへの攻撃による危機的な状況)、公衆衛生上のクライシスなどが多重的に重なるソフトコアな安全保障も大きく揺らぎ、世界的な危機に繋がってくる状況が顕著になってきています。
アメリカとイランが互いに条件を突き付けつつ、協議の機会を探っているとのニュースが入ってきていますが、戦争をフルに行いながら話し合いをするという離れ業がこれまでにうまくいった試しがなく、出口を模索し、安定をもたらすためには、一旦、戦いの手を休め、対話による(交渉による)解決策の模索が必須なのですが、戦争を止める気が全くないイスラエルが当事者であり、ある意味、アメリカの意思さえも支配している現状においては、実のある話し合いが行われ、何らかの合意が生まれる見込みは低く、この戦争は互いの国内向けのプライドのぶつかり合いと、国際社会に向けてのアピール合戦の結果、長引くことが予想され、世界の国々の日常にも大きな影を落とし続けることになるものと考えます。
複数の水面下での話し合い(協議)は実際に行われていますが、それらの間での連携は図られておらず、多種多様な利害が持ち込まれて、非常に状況が複雑なものになってきていることは、日々私が調停努力の現場で感じている懸念材料です。
そうはいいつつも、私たちが気づかないところで“いいサプライズ”が起きて、この行き詰まりに終止符が打たれ、世界に広がる混乱が一日も早く収まるマジックを期待してしまいたくなります。
今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2026年3月27日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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