
世界各地で同時多発的に進む、紛争や緊張の拡大。国際情勢が不安定化する中にあって、我々はこの状況をどう捉え、そしてどこに解決の糸口を見るべきなのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、中東のみならず、東アフリカやアジア太平洋地域でも進行する「危機の連鎖」を分析し解説。さらに「勝利を目指す外交」から「管理を目指す外交」へと発想を転換する必要性と、対話の扉を閉じない姿勢の重要性を訴えています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:世界は大戦争に向かっているのか?“秩序の崩壊”ではなく“秩序の再編”が始まった国際情勢
「中東全体の縮図」とも言うべき国際情勢におけるレバノン問題
まず、米・イラン間の協議について見てみましょう。
いきなり結論から申し上げると、【アメリカとイランとの協議は和平交渉】ではありません。
今週も米国とイランの協議が継続しています。報道を見ると、「核合意復活か」、「対イラン制裁緩和か」といった見出しが並びます。
しかし実際には、双方とも包括的合意を目指しているわけではなく、現在両国間で行われているのは、“和平交渉”ではなく、【危機管理のための交渉】です。
これは紛争調停の現場でもよく見られる現象です。当事者同士が信頼し合っていない状況下でも、“戦争コストが高すぎる”と判断した場合、限定的な対話チャネルだけは維持されますが、現在の米イラン関係もまさにそれです。
双方とも相手を信用していませんが、交渉が消滅することの危険性は理解し、交渉が失敗した場合の代償が大きすぎるから交渉を続けています。
米・イラン間は非常にデリケートな状況下で交渉を続け、共に何とか互いの面子を潰すことなく矛を収めるための出口を探っているわけですが、そこに横槍を入れて、“停戦”の成立および和平の実現を阻んでいるのがイスラエルの行動です。
表面上は“停戦”が成立しているガザ地区への攻撃と、ハマス掃討を目標に掲げた“対テロ戦争”の継続はアラブ諸国を苛立たせていますし、水面下で着々と進めているヨルダン川西岸地区におけるユダヤ人入植地の拡大は、アラブ諸国はもちろん、アメリカや欧州各国にとってもレッドラインを越える許容できない行動であり、地域における緊張を高めています。
しかし、決定的なのは、アメリカの仲介の下、成立していたイスラエルとレバノンの停戦合意に違反する形で、イスラエルがヒズボラ掃討を目的に掲げて、レバノン領内に対する攻撃をエスカレートさせていることで、【レバノンにおける停戦を含むすべての戦争・戦闘の停止】を停戦と和平、およびホルムズ海峡の封鎖解除の条件として明確に打ち出しているイランを刺激し、米・イラン間での協議・調停を非常に難しい状況に陥れています。
トランプ大統領から叱責されているネタニエフ首相とイスラエルですが、ネタニエフ政権が「停戦合意内で約束されたヒズボラの武装解除が遅々として進まず、イスラエルの国家安全保障を脅かしているから」と断じて継続しているレバノンへの軍事攻撃はイスラエル国民の大多数に指示され、かつ「米・イラン間での協議はイスラエルに安心をもたらさない」と国民の多くがアンケートに答えている現状に鑑みると、10月に総選挙を控え、自らの政治生命がかかるネタニエフ首相としては、国民からの圧倒的な支持を受けて、レバノンへの攻撃を続け、かつイランとの緊張を維持する必要があると考えているようです。
ところで、国際情勢における“レバノン情勢・レバノン問題”とはどのような性格のものなのでしょうか?
一言で表現すると【レバノン問題は中東全体の縮図】というようになります。
多くの場合、特に報道では「イスラエル対ヒズボラ」として、単独イシューとして扱われがちですが、レバノン情勢を巡る実情はもっと複雑です。
レバノン問題の背後には、イラン、シリア、イスラエル、アラブ諸国、米国、ロシアが存在し、さらに東地中海の天然ガス開発問題も絡んで、トルコやキプロス、そしてギリシャもステークホルダーとして存在しています。
つまり現在のレバノン情勢は【イスラエルとレバノン間の単独紛争】ではなく、【中東問題全体の縮図】として複次的に捉える必要があります。
見誤りがちな「銃声を止めること」と「紛争を終わらせること」の違い
アジア安全保障会議で露見した「対米・対中不信」の高まり
これらが徐々につながり始めています。局所的問題が複数存在し、それぞれが別問題に見えても、ある時点ですべてが連結し、一気に地域危機へ発展するという、これまでに歴史上何度も見られたパターンをまた繰り返して大きな紛争に発展しそうな気配が強まっています。
もし東アフリカ地域の安定が崩れると、西アフリカおよび中央アフリカで繋がりつつあるクーデターベルトの動きと連動し、アフリカ全土に戦火が広がる可能性も否定できない状況になり、それが北アフリカに飛び火すれば、東アフリカ地域での混乱と合わさって中東地域の紛争と連鎖し、それがまた地中海を北上して欧州南部に伝播すると、欧州全体に広がりかねず、それが中東欧に至ると、ロシア・ウクライナ戦争と繋がり、それがまたトルコやイランを経由してしまうと…と、止めどない危険性を予感させる事態に発展してしまいます。
それをまたより深刻化させそうなのが、アルメニアを巡る中央アジア・コーカサス地域での緊張の高まりです。
アルメニアと言えば、長年、ナゴルノカラバフの領有権を巡ってアゼルバイジャンと戦ってきましたが、ナゴルノカラバフ紛争時に“軍事同盟”を結んでいたロシアが何一つ助けてくれず、アゼルバイジャンに敗北したことから、アルメニアのロシア離れと欧米への接近が鮮明になってきています。
旧ソ連の崩壊のショックから立ち直ったロシアが、再び旧ソ連圏の国々との同盟を強化しようとEAEU(ユーラシア経済同盟)という会議体を立ち上げており、ちょうど先週末から今週末にかけて、カザフスタンで首脳級の会談が開かれましたが、その場にアルメニアのパシニャン首相は来ず、いろいろな憶測を呼ぶ結果になっています。
この会議にはプーチン大統領も出席していますが、この場で参加国の首脳と“アルメニアの扱い”について議論したという情報が入っており、最近、EUへの加盟申請を出す計画を示したアルメニアに対して、ロシアが「EAEUに残るか、それともEUを選ぶのか。どちらも取るという選択肢はない」と選択を迫ったとのことです。
アルメニア政府によると、パシニャン首相は予てより議論に上っていた“EAEUからの脱退に関する国民投票の実施”という案を拒否したとのことですが、アメリカにも接近するアルメニアの最近の振る舞いに、ロシアは明らかなフラストレーションを抱いているようです。
大きなパワーハウスに挟まれた“中間国家”の苦悩と呼べるかと思いますが、世界の分断が進む中、中間国家が力による支配・力による外交の陣取り合戦の餌食にされつつあります(ちょうどこのメルマガを書いている最中に、パシニャン首相とプーチン大統領が協議していて、ロシアがアルメニアを引き留めるための策を示したという情報が入ってきました。果たしてどうなることやら)。
先週末から今週にかけての国際情勢に絡む重要な国際会議と言えば、通称シャングリラ会議と言われるアジア安全保障会議がシンガポールで開催されましたが、そこで参加国から対米・対中不信の高まりを感じました。
先日、北京で米中首脳会談が行われましたが、何一つ具体的なことは決まらず、明らかになったのは中国の台湾併合に対する並々ならぬ覚悟と、何かしら国内的な成果を欲しがるトランプ大統領の余裕のなさでした。
シャングリラ会議の様子を報告していたIISS(英国国際戦略研究所)によると、シャングリラ会議でアジア各国の防衛大臣が相次いで表明した懸念は、アメリカの中東傾倒により、アメリカのアジア太平洋地域におけるプレゼンスが著しく低下し、アメリカがアジア各国、特に東南アジア諸国に約束してきた“対中脅威からの防御”がフイにされるのではないかという不満と心配だったとのことです。
現在進行中の多くの紛争の背景にある「国際秩序の空白」
実際に地域における中国の威嚇行為はエスカレーション傾向にあり、その懸念は、先日訪日していたフィリピンのマルコス大統領も高市総理に対して表明したと言われていますが、今のところ、何か具体的な対中戦略が講じられるという話は聞いておりません。
アメリカのヘグセス国防長官や日本の小泉防衛大臣、欧州各国の防衛大臣などが挙って参加した今年のシャングリラ会合は「中国抑止のための連携確認会議」という色彩が非常に強かったと言えますが、その背景で今後、アジア太平洋地域における安定を根底から揺るがしかねない問題として、タイ・カンボジア間の国境紛争による不安定化と経済回廊の遮断が挙げられていることも注目しなくてはなりません。
確か紛争の勃発から1年が経ち、米国の仲介の下、一応の停戦合意は履行されているものの、“停戦”後も、散発的な衝突が続いていることに加え、今も両国間の国境封鎖が解かれず、さらには海洋アクセスも遮断されているため、そこに形成されていたASEAN地域の経済・物流回廊が寸断されていることで、東南アジア全域の経済活動に支障をきたしていると言われています。
そこで一気に影響力を伸ばしているのが中国で、経済力を武器に、東南アジア諸国の分断を進めているという情報が入ってきていますが、ちょうどマルコス大統領に随行してきたフィリピン政府の友人も同様の懸念をシェアしてくれたことに鑑みると、事態は思いのほか、深刻化してきているのではないかと思われます。
タイ・カンボジア間のmulti-layerでの紛争については、本来、ASEANが憲章に基づいて問題解決に乗り出すのですが、現時点まで効果的な仲介が行われておらず、急遽、ここにきてMultilateral Mediation Initiativeに相談が持ち込まれている状況です。
ただ、これまでのところ、両国の主張に大きな隔たりがあり、かつ「いつ戦争が再開してもいいように」と、両国軍が警戒態勢・臨戦態勢を解いていないため、不必要に緊張が高まっている状況で、何らかの偶発的な事件が起きてしまうと、一気に全面的な戦争に発展する恐れがあり、ここで戦争がエスカレートしてしまうと、東南アジア諸国の経済活動に大きな悪影響を及ぼすため、ASEANと経済的なつながりが強い日本企業も、大きな影響を被る恐れが高まっています。
いろいろな国際情勢のパーツについて駆け足でお話ししてきましたが、最後に【なぜ世界各地で紛争が再燃し、勃発しているのか】について一つ大きな視点を共有したいと思います。
私は現在起きている多くの紛争の背景に、【国際秩序の空白】があると考えています。
冷戦後の約30年間、好む好まざるに関わらず、世界は米国中心の秩序の下で動いてきました。しかし現在、明らかにその秩序が弱まりつつあります。
ここで私たちが懸念すべき問題は新しい秩序がまだ存在しないことです。
【古い秩序は弱まった。しかし新しい秩序は完成していない】この過渡期こそ最も危険です。
それは、すでに私たちが目にしているように、各地域の“われこそは”と考えるプレーヤーたちが「今なら動ける」と考え始め、自らの“欲”を拡大するために動き始めるからです。
米中ロという“大国”はもちろん、イスラエルも、イランも、アルメニアも、アゼルバイジャンも、恐らくグローバルサウスの国々も、それぞれに自国ファーストの欲の下、動き始めているのが、現在の複雑に絡み合った国際情勢の姿です。
「対話」というこれからの時代を生き抜くために最も重要な戦略
では、このような時代に私たちは何をすべきなのでしょうか。
私は国際社会が「勝利を目指す外交」から「管理を目指す外交」という発想へ転換すべき時期に来ていると考えます。
現在の紛争の多くは、誰かが完全勝利できる構造ではありません。
ロシアも決してウクライナ戦争で勝利を収めることは無いでしょうし、それはウクライナにも言えます。イスラエルも、現在、複数フロントで仕掛ける“生存のための戦い”に完全勝利することはないでしょうし、イランも自衛には成功したとしても、対米戦争・対イスラエル戦争に勝利することは無く、またホルムズ海峡の封鎖という最終手段に出てしまったがゆえに、国際経済からも疎外され、今後苦しむことになるため、そこに勝利はありません。
中国も、アジア太平洋地域においては、アメリカの軍事力をすでに凌駕していると考えられ、そこに世界1位か2位の経済力を加えることで、圧倒的なプレゼンスを築くことはできるでしょうが、台湾という象徴的な衝突点へのこだわりは、中国自身の“生存”を脅かす決め手になる可能性が高いため、中国が台湾併合を勝利の条件に挙げるのであれば、中国が現在の混乱の中で勝利を収めることもありません。
そしてそれは絶対的なスーパーパワーとされてきた米国にとっても同じです。
ベネズエラに対する奇襲は軍事的には完全勝利ですが、それによって引き起こした西半球における混乱は、今、触手を伸ばそうとしているキューバへの侵略欲が拡大することで、引き返すことのできない泥沼にアメリカを引きずりこむことになるでしょうし、イランに手を出したことによって、中東地域を失うことにも繋がり、恐らくそれによって、特別な同盟国であるイスラエルを“守ること”も叶わなくなります。
さらには、このままアジア軽視が長引き、中国がその隙をついてくることがあれば、アメリカはアジアを失うだけでなく、中国との直接戦争に引きずり込まれる可能性も高まります。アメリカは経済力でも軍事力でも間違いなく超大国ではありつづけるでしょうが、それでも決定的勝利を得ることは難しいと言わざるを得ません。
誰も決定的な勝利を得ることができないにもかかわらず、多くのリーダーたちは依然として勝利を追い求め、過信と欲に引っ張られて戦いを続けています。
しかし調停の現場で大事にしていることは、この政治的なメンタリティーとは異なります。
調停や仲介の観点から見て重要なことは【誰が勝つか】ではなく、【どこで止めるか・どこで(メンツを守りながら)降りることができるか】という点です。
これからの国際社会に必要なのは、【力によって相手を一方的に変える努力】ではなく、【それぞれの強みを活かして相手と共存する仕組みを構築すること】です。
世界は今、冷戦後、30年間続いてきた国際秩序の終焉を経験しています。だからこそ必要なのは、新たな覇権国家の出現ではありません。
新たな調停の仕組みです。
私が今最も懸念しているのは、戦争そのものではありません。対話の消滅です。
対話が続く限り、解決の可能性は残ります。しかし対話が途絶えた瞬間、残るのは力による強制だけです。
だから私は今週も改めて申し上げたいと思います。
世界が必要としているのは、より強い軍隊ではありません。より多くの調停者です。国家間であれ、企業間であれ、家庭内であれ、最後に未来を決めるのは武力ではなく対話です。
そして対話の扉を最後まで閉じないことが極めて大事です。
それこそが、これからの時代を生き抜くために最も重要な戦略であると私は考えています。
またまた思いが溢れて、非常に長くなってしまいましたが、以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2026年6月5日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
image by: Anas-Mohammed / Shutterstock.com
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