
『ひとつの町のかたち』(書肆心水)著者:ジュリアン・グラック
記憶の中の都市ナント淡々と
シュールレアリスムの作家と若干の接点を持っていたとはいえ、いかなる文学流派にも属さず、フランスの名誉ある文学賞も辞退したことのあるジュリアン・グラックは、私にとってはすでに文学史の中の人だった。恥ずべきことだが、彼が生きて、生家に暮らし、散歩と読書と執筆の日々を送っていることさえ、知らなかった。御年、九四歳。健康と健筆を祈らずにいられない。本書は、一九八五年にグラックが上梓したものの全訳だが、ナントという町でグラックが過ごした数年を元に、ナントが生き直される。いや、グラックの言うところによれば、町が人を生かすのであり、そこには相互作用がある。だがグラックはただナントという町をまるで肖像を描くように浮かび上がらせるのではない。記憶の中の都市を、何かいとおしむような筆ぶりで淡々と描き出す。
地形と地図と地名が、現実の都市と、記憶の中の都市との間で呼び交わされ、静かに呼吸する。無数の文学作品が縦横に引用される。読むのが惜しくなるくらい、贅沢な時間を経験した。本当に久しぶりだ。大変だったに違いない訳業にも感謝。注も丁寧で〇。永井敦子訳。
【初出メディア】
日本経済新聞 2005年1月6日
http://www.nikkei.com/

10 時間前
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