誰もが信じて疑わなかった「進次郎総裁」の誕生を決選投票で覆し、念願の「憲政史上初の女性首相」となることが確定的となった高市早苗氏。その裏で麻生太郎氏の力が大きく動いたことはもはや周知の事実となっています。なぜ麻生氏は高市氏支援に回ったのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、その裏事情を詳しく解説。さらに高市氏が今後の政権運営においてもっとも注意を払うべきポイントを考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:高市総裁は麻生支配と財務省の呪縛から脱け出せるのか
まさかの「進次郎落選」。高市総裁は麻生支配と財務省の呪縛から脱け出せるのか
大方の予想を裏切って、小泉進次郎氏ではなく、高市早苗氏が選出された自民党総裁選。その勝敗を決めたのは、投票前夜(10月3日)に麻生太郎氏が麻生派所属の議員に出した“指令”だった。
その内容は、作家、門田隆将氏のSNS投稿(3日午後9時53分)によると「決選投票は“党員が選んだ人間にまとまれ”」であり、毎日新聞、日経新聞(いずれも4日午後1時過ぎ)によると、「党員票が多い候補に投票するよう」である。
決戦前夜の今、大きな動きがあった。麻生太郎氏が麻生派内に指示の連絡を回している。内容は以下。
「決戦投票は“党員が選んだ人間”にまとまれ」
…つまり、高市早苗氏の名前を出さずに事実上、「高市支持」を打ち出した。いま永田町が騒然となっている
— 門田隆将 (@KadotaRyusho) October 3, 2025
名前は挙げていないが「高市」に乗れ、という“親分”の号砲だ。10月3日に党員投票が締め切られ、党員票1位が高市氏になりそうだというのは確定的情報として党内に広まっていた。
昨年の総裁選で高市氏を支援した麻生氏だが、今回は前評判のいい小泉進次郎氏に乗り換えるのではないかとみる向きが多かった。政治ジャーナリスト、田崎史郎氏も「麻生さんは、今度は勝ち馬に乗りたい。だから高市さんには乗らない」と10月1日のTBS系「ひるおび」で語っていた。
はなから「勝ち馬は進次郎」と決めてかかり、麻生氏もその大勢に従って主流派の仲間入りするハラだろうという見方だ。実のところは、そんなに単純ではない。むろん“ジジ殺し”と称されるほど愛想のいい小泉氏に悪感情は抱いていないが、小泉氏のバックに菅義偉氏がついているのが麻生氏にはなにより気にくわない。
総裁選終盤になって、林芳正氏が急速に支持を伸ばしてきたとメディアが報じたのも、麻生氏の心を揺さぶった。もしその勢いで林氏が高市氏を抜き、決選投票に残るようなことがあったら、どうなるか。進次郎氏より経験豊富にして頭脳明晰な林氏の安定性を選ぶ議員心理が働いて「林総裁」が誕生する可能性がある。それだけは避けたい。
林氏の背後にひかえる人物が問題だった。かつて「宏池会」のドンといわれた古賀誠氏。福岡政界における麻生氏の政敵である。その人が「林政権」を実現させるため水面下で動いていた。菅義偉氏に会い、「進次郎はまだ若い。今回は林を」と持ちかけていたとも報じられた。
決選投票が「小泉vs林」の戦いになるのを阻止するためには、麻生派から林氏への票の流れをせき止め、高市氏をバックアップするしかない。前回同様、保守層に絶大な人気がある高市氏を支援し、当選させればキングメーカーとして復活できる。いずれ引退して長男・将豊氏を後継者にする時に有利になるだろう。麻生氏にはそんな思惑が渦巻いていたはずだ。
麻生派では、43人のうち河野太郎氏ら10人超が小泉氏支持を鮮明にしていた。誰を選ぶか決めかねていたメンバーをどう動かすかに麻生氏は知恵をしぼった。そして、1回目は、林氏や小泉氏になびかぬよう小林鷹之氏と茂木敏充氏への投票を指示。それぞれの陣営と連絡を取り合った。
「高市総裁歓迎ムード」が広がる国民民主党の内部
両氏とも情勢調査で30票程度とみられていたが、麻生派の票が上乗せされ、小林氏44票、茂木氏34票となった。このまとまった票を決選投票で高市氏に流し込むための事前の“指令”が「党員が選んだ人間にまとまれ」であったに違いない。
その結果、高市氏の議員票は1回目が64だったのが決選では149に、議員票で圧倒的有利とみられた小泉氏は145(1回目80)にとどまった。麻生氏が旗色を鮮明にしたことが、高市勝利の決め手となったのである。
総裁選の投票日より数日前、高市氏は党本部を訪れ、麻生氏と会談した。この頃、林氏を除く他の総裁選候補者も麻生詣でをしていたので、麻生・高市会談の内容はさしたる関心を持たれなかったが、すでにその席で、かなり突っ込んだ話し合いが行われていたのではないだろうか。
つまり、麻生氏が高市氏を支援するなら、そのかわり、高市氏が総裁になったあかつきには幹事長など主要人事について麻生氏の意見を聞くといったようなことだ。
6日付の朝日新聞朝刊にはこんな記述がある。
選挙中、高市氏の陣営内では「協力が得られるのであれば、勝った後の人事は麻生さんの好きにしてもらえばよい」という声もあった。
事実、投票から一夜明けた5日の各紙には、早くも党幹事長として麻生氏の義弟、鈴木俊一氏の名前があがった。仲間づくりが不得意で党内基盤の弱い高市氏は、古い自民党の象徴である麻生氏を後ろ盾として政権運営を進めるハラを固めたと見える。極端に言うなら、“麻生支配”を甘受する政権である。
麻生氏はさっそく動き始めた。6日、国民民主党の榛葉賀津也幹事長と都内で会談した。麻生氏はかねてから榛葉幹事長と太いパイプがあり、岸田政権下の2022年には、自公国の連立を真剣に協議した経緯がある。
なにしろ衆参ともに自公で過半数に満たない少数与党だ。野党の協力がなければ予算や法案が通らない。当然、自民党としては、連立を拡大して安定政権を確立したいはずだ。
自民党との連立に前のめりになっていたのは日本維新の会だったが、あくまで進次郎政権を想定したものであり、高市総裁の誕生で、実現はやや遠のいた。
高市総裁は、「年収の壁」など積極財政策で一致する国民民主との連立を望んでおり、麻生氏と考えは一致している。麻生氏との会談の後、ニッポン放送のインタビューで、榛葉幹事長は次のように語った。
「高市さんは総裁選挙中、ほとんど国民民主党が言ってきた政策を訴えてくださった。国会や政党の数合わせじゃなくて、国民のやってほしいことをやることが大事だと思いますから、そのことも麻生さんにはお伝えしました」
国民民主はこれまで、かりに小泉政権になり維新が連立に加われば、少数与党が解消して副首都構想など維新の政策が優先されるため、政策実現が難しくなるという危機感を抱いていた。
それだけに、国民民主の内部には「維新と高市氏にこれといったパイプはない。連携相手はウチだけだ」(同党幹部)といった高市総裁歓迎ムードが広がっている。榛葉幹事長の発言からもそのようなニュアンスがくみ取れた。
国民民主は、政策実現のための連携にはすんなり応じるだろう。だが、選挙協力を含む連立ということになると、簡単にはいかない。まずは、支持母体の「連合」が強く反対するだろう。なにより、自民党の古い政治に対し、新たな対案を示すことによって支持を拡大してきた国民民主の存在意義が、連立によって埋没し、希薄化する恐れがある。それは党の存亡にも関わってくるだろう。
「年収の壁」引き上げやガソリン暫定税率廃止を連携の条件とする国民民主の意向に沿い、高市総裁は、財務省の財政均衡路線を死守する“ラスボス”宮沢洋一税制調査会長を退任させる方向だといわれる。
公明党との関係にも影を落としている麻生太郎の復権
高市政権が誕生し、財務省の圧力を跳ね返して、生活重視の積極財政策を進めることができるのなら、首相交代の意義深さを国民は感じ取ることができるだろう。
しかし、そう思うように進まず、首相が党の族議員や霞が関官僚に妥協して、中途半端な政策しか実行できなかったのが、これまでの自民党政権だ。高市氏が崇拝してやまない安倍晋三元首相ですら、積極財政策に抵抗する財務省を内心で呪いながらも、10%への消費増税を二度の延期を経て断行せざるを得なかった。
ましてや高市氏は総裁選で勝つために麻生氏の力を頼み、その結果、国民民主との交渉と党役員人事を麻生氏の主導に委ねたのである。麻生氏が副総裁、財務大臣経験者であるその義弟、鈴木氏が幹事長、麻生派の有村治子氏が総務会長といった布陣だ。麻生氏はかつて積極財政論をぶっていたこともあったが、安倍政権で財務大臣をつとめてからは、財務省寄りに宗旨替えした。鈴木幹事長が財務省ベッタリなのは言うまでもない。高市総裁が財務省の呪縛から逃れるのは至難の業といえる。
麻生氏の復権は、公明党との関係にも影を落としている。麻生氏はこれまで公明党との連立に否定的な意見を表明してきた。敵基地攻撃能力(反撃能力)保有をめぐる与党協議に関し、公明党幹部の存在を「ガンだった」と2023年9月の講演で酷評したのはその顕著な例だ。
公明党は石破政権が誕生したさい、麻生氏が“失脚”し、近しい関係の菅義偉氏が復権したことを歓迎していた。菅氏を後ろ盾とする小泉進次郎氏が新総裁になると見込んで楽観視していたのに、麻生氏によってどんでん返しが起こり、高市・麻生体制になった。そして、麻生氏が公明党をさしおいて、国民民主の幹事長と連立がらみの話し合いをした。
不信感を募らせた斎藤鉄夫代表は、高市新総裁と会談し、靖国参拝をめぐる歴史認識や外国人との共生などについて「支持者から大きな不安や懸念がある。その解消なくして連立はない」と申し入れた。
平和と福祉を重んじる公明党としては、戦前の国家主義に肯定的な高市氏に対し、無条件に連立を受け入れるのでは、支持母体である創価学会の会員に整合的に説明できない。
公明党内には裏金イメージの自民党とくっついているのが党衰退の原因という見方も広がっている。それならいっそのこと連立を解消するのがお互いのためだろうが、あっさりと権力を手放すほど潔い政党とも思われない。
学会票に依存する自民党。政権与党の旨みに浸かり続けたい公明党。その政治的妥協でおさまりがつくのがこれまでの通例であり、公明党の言い分を真に受けることは禁物だ。
もちろん、高市氏には大いに期待感もある。世襲議員ではないし、飲み食い政治とも無縁だ。しかし、不安要素があまりにも大きい。その政権のなかに、麻生氏の長老支配に都合のいい人事構成が埋め込まれているのだ。
高市氏が、古い自民党と霞が関、業界団体からの圧力に屈し、中途半端な現実路線で妥協しようとしたら、その歯切れのよい政策論を称賛していた支持者たちの深い失望を招くだろう。「政権のガン」が麻生氏ということにならないよう、高市氏はよほど心してかからねばなるまい。
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