見上愛、上坂樹里がW主演を務める連続テレビ小説『風、薫る』。田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社、2023年)を原案としたオリジナル作品で、激動の明治、看護の世界に飛び込んだ二人の“トレインドナース”を描く本作。第5週『集いし者たち』から本格的に始まった梅岡女学校付属看護婦養成所編で、ひときわ目を引くのが、旧幕府の奥医師の娘・玉田多江を演じる生田絵梨花だ。
第一印象は典型的な“マウンティング系お嬢様”
真面目で志が高く、プライドも高い。一見すると典型的なマウンティング系お嬢様ーーそれが多江の第一印象だ。同期の一ノ瀬りん(見上愛)が大家直美(上坂樹里)に世話になったと話すと、「あなたのほうが? だって、(直美は)みなし……」と口をすべらせる。和気藹々と語らう同期たちには「女子の馴れ合い、うっとうしい」と背を向け、「私は暮らしのため、看護婦の服が着たいから、なんていう半端な考えで来たわけじゃありませんから」と“正論”で上から突き放す。幼い頃から病に苦しむ父をみてきたという自負が、その言葉を硬く尖らせている。
恵まれた家庭に育ち、父から英語もドイツ語も学んだ多江が対抗意識を燃やすのは、教会で育ち、宣教師たちと触れ合うことで生きた英語を身につけた直美だ。スコットランド人教師バーンズが日本に来るまでに『NOTES ON NURSING(看護の手控え)』の最終章を翻訳する課題で、両者を中心に二班に分かれて作業が進む。直美の英語力が同期たちに賞賛されると、多江は美しい日本語訳で対抗し、「会話と学問の英語は違いますから」と言い切る。一方で「very alphabet of a nurse」の意味がわからず、「はなはだABCってどういうこと?」と一人で考え込む。直美はその様子をりんから聞いて「頭のカタイ人には訳すの難しいだろうね」と笑い、ここでのアルファベットは「いろは」、「看護婦のいろは・基本」のことだと看破する。
そこから全員が行き詰まったのが「observe」の意味だった。りんと直美がそれぞれナイチンゲール直伝の教育を受けた大山捨松(多部未華子)のもとを訪ね、「じーっとよくみる、相手を包み込むようにみる」「観察」という意味を持ち帰る。直美が「看護婦は医者じゃないから治療はしない。人をみるんだ」と続けると、多江もまた「なるほど」と深くうなずく。そこから全員が協力し合い、「病人がいちいち言葉にせずとも、その顔つきや態度のちょっとした変化から気分や体調を察する力」という共通認識に辿り着く。
しかし翌日、多江は夜に一人で手紙を読み、苦悶の表情で丸める。次週予告では見合いの日取りが決まったと告げられ、多江は強い口調でおそらく看護について「医者なんかにやらせてあげられない仕事です」と語るシーンが放送された。
多江にしかわからない「“持てる側”の苦しみ」
父も兄弟も医師という、一見、何不自由ない家庭で育った多江。だが彼らと違い、医者ではなく看護婦を目指すのは、彼女がどんなに優秀で努力家でも「女」だからではないか。性差の問題さえなければ、兄弟よりも優れた医者になっていたかもしれないのに。なんでも親や家から与えられてきたように見える多江には、彼女にしかわからない“持てる側”の苦しみがある。同期と馴れ合わず、たった一人で勉強し続ける姿が、その切実な思いを物語っている。
それゆえに「医者にはなれない」という諦めから、当初は心のどこかで看護婦の仕事を医者の下に置いていたかもしれない多江。それが「人をみる」という直美の言葉に「なるほど」と素直にうなずいた瞬間、見えていなかった世界の輪郭が浮かび上がる。だからこそ、その直後に放たれる「医者なんかにやらせてあげられない仕事です」は、看護婦という仕事への憧れと誇りが芽生えはじめた者の言葉として響くのだ。そんな多江を演じているのが生田絵梨花であることも、この役に厚みを与えている。
ドイツ・デュッセルドルフ生まれで5歳から東京育ち、4歳からピアノを始め、東京音楽大学付属高校を経て東京音楽大学ピアノ科へ進んだ。父親の従兄弟は『BOØWY』『JUDY AND MARY』などを手がけた音楽プロデューサー・佐久間正英。文化資本にも教育資本にも恵まれた、まさしく“持てる側”の人だ。乃木坂46在籍時代はグループの清楚なイメージを象徴する存在で、卒業後はミュージカルの相手役を片っ端から演じる、お姫様のような立ち位置にいる。
りんごをもらった瞬間……垣間見えた“いくちゃん”らしさ
だが、生田絵梨花を「お嬢様」だけで括ると見誤る。夏休みにはピアノを1日10時間以上練習し、2014年には進学準備のため一時活動を休止した。ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』では17年と19年にジュリエットを演じ、『レ・ミゼラブル』ではコゼット(17、19)からエポニーヌ(21)、そして帝劇クロージング公演(24~25)ではファンテーヌへと役を重ねてきた。19年には『モーツァルト!』のコンスタンツェ役と『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』のナターシャ役の演技で第44回菊田一夫演劇賞を受賞。乃木坂卒業後は自粛期間中に独学で作詞作曲を始め、ソロアーティストとしても活動を広げ、ディズニー100周年記念作『ウィッシュ』(23)ではヒロイン・アーシャの日本版声優を務めている。器用に見えて、その裏でひたすら積み上げる人。共演者からも「天才に見えて、実は誰よりも努力する」と語られてきた。
現れた瞬間に視線を奪う“華”の持ち主、生まれながらのスターである彼女が、朝ドラには「これまで何度も挑戦してきた」と本人がコメントしていることも興味深い(「ステラnet」より)。今回、ようやく勝ち取った役柄なのだろう。
そんなスターである一方、すさまじい天然ぶりと自由な言動で、バラエティでも独自の輝きを放つのが生田絵梨花だ。料理企画でフライパンを使わずIH調理器に直接卵を割り入れた“IH事件”は今も語り継がれ、また、大の食いしん坊としても知られる。本作でも、青森出身の同期・トメ(原嶋凛)からりんごをもらった瞬間の目の輝きに、ふと“いくちゃん”らしさが垣間見えた。ピンと張り詰めた多江の顔と、そんな素のチャーミングさが同居するからこそ、彼女の演じる多江は息苦しさだけで終わらない。
ドラマの中で“持てる側”ゆえの孤独を引き受け、新たな仕事への憧れに目覚めはじめた多江と、現実に“持てる側”でありながら誰よりも努力で道を切り拓いてきた生田絵梨花。役者と役のあいだに吹き渡る風の手ざわりが、これからますます確かなものになっていくはずだ。

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