いまアメリカのキャンパスで、「AI不安(AI Anxiety)」や「AI誘発型キャリア不安(AICI)」という言葉が広がっている。生成AIの普及は学生のキャリア観、メンタルヘルス、そして大学教育そのものを根本から揺さぶっている。
ダートマス大学の国際理解プログラムの理事であり、米国弁護士として教育と労働市場を注視してきた立場から、アメリカの大学が現在直面している地殻変動について報告する。
存在意義を見失うアメリカの学生
「AI不安(AI Anxiety)」や「AI誘発型キャリア不安(AICI)」とは何か。
それは、かつて新卒者が社会人スキルを磨く場であった「下積み業務(grunt work)」、例えばデータ入力やリサーチ、定型メールの送付といった業務がAIに取って代わられるだけではなく、コンピュータサイエンスやプログラミングなどの分野においても同様のことが起きており、それによって若者がキャリアの第一歩を踏み出す機会が奪われることへの不安である。
最新の調査によれば、約70%の大学生がAIを将来の仕事に対する脅威と感じている。
とくにビジネス系専攻の学生においては、約8割が「AIによって雇用機会が削減されている」と実感している。この不安は具体的な行動となって現れており、学生の約半数がキャリアパスの変更を検討し、実際に16%が「AIに代替されにくい領域(AI-proof majors)」を求めてすでに専攻を切り替えている。
なかでもAIの進化を肌で感じているのは、STEM分野の学生だ。
将来の専門性に疑念を抱きやすい傾向にあり、法曹界のような専門職を目指す層にとっても、教育投資(ROI)に対する不安が生じている。AIの急速な進化が「専門性の揺らぎ」と「教育投資(ROI)への疑念」をもたらしているのだ。
皮肉にも、AIの仕組みを熟知するSTEM学生ほど、数年かけて習得する知識が卒業時には一般化されるという「技術習得の徒労感」を抱きやすい。この不安は、自ら将来を切り拓けるという「自己効力感」を損なわせ、多くの学生が進路選択の混乱に陥っている。
また、法曹界等の専門職でも、「知識」は代替可能なものと再定義され、「人間力(エージェンシー)」こそが価値とされる実感がある。大学側もこれに応じ、AIの回答を人間がどう批判的に修正したかという「思考プロセス」を評価する新たな基準を導入し始めている。
「話し相手」はAI
一方で、AIが大学生のメンタルヘルスに貢献しているという事実もある。
ジョンズ・ホプキンス大学が2026年3月に発表した56万人以上の学生を対象とした調査では、学生の希死念慮が過去15年間で約154%増加したという衝撃的な結果が示された。依然として52%の学生が「強い孤独感」を感じており、心の充実度は下がり続けている。
この孤独感を埋める手段として、AIが急速に台頭しているのだ。
現在、26%の学生が悩み相談や感情的サポートの「話し相手」としてAIプラットフォームを日常的に利用している。
ハーバード・ビジネス・スクールの研究によれば、AIとの対話は「他の人間と交流することと同等」のレベルで孤独感を一時的に軽減させることが実証された。とくに対面カウンセリングにアクセスしにくい経済的困窮層やマイノリティの学生にとって、AIは24時間対応の「安価でスケール可能な松葉杖(crutch)」としての役割を果たし始めている。
AIを学生の心のパートナーに
そんななか、ダートマス大学は、AIを活用した画期的な取り組み「Evergreen(エバーグリーン)」を展開している。2025年10月、認知科学者でもあるシアン・バイロック学長主導で発表されたこのプラットフォームは、130人以上の学生と教職員が共同開発した独自のウェルビーイング向上システムである。
Evergreenは単なるチャットボットではなく、スマートフォンのセンサーで心拍数の上昇(ストレス状態)を検知すると、AIが「少し呼吸のエクササイズをしよう」といった予防的な介入をリアルタイムで行う。学生の体験談や心理データをもとにトレーニングされており、孤独感に襲われた際に「普段調子が良いときにしている行動(例:友人への連絡)」を促すことで、孤立から抜け出す具体的なきっかけを提供している。これはAIを「雇用を奪う敵」から、精神的に支える「予防的パートナー」へと再定義する試みである。
行き着く先は「人間力」?
AI時代において、知識や定型業務の価値は消失したといえるかもしれない。だからこそ、若者にはAIには不可能な「人間力(Human Skills / Soft Skills)」という実戦的な生存戦略が求められるだろう。
例えば、「答えのない問い」に挑む力である。これは実際に語り合うことが有用と考えられているようで、ウィリアムズ・カレッジは超少人数の対話型講義「チュートリアル」を強化し、AIでは導き出せない倫理的・社会的な合意形成能力を鍛えている。
また、南カリフォルニア大学が実践している、AIの回答にみる偏見を指摘し、どう修正して独自の付加価値を出したかという「人間の判断プロセス」を評価対象とする動きもある。さらに、技術が暴走しかねない時代だからこそ、人文学に基づいた「道徳的明晰さ(Moral clarity)」を備えたリーダーの育成も求められるだろう。
世界経済フォーラムはAI時代には人間力こそが新たなアドバンテージとなると指摘している。情報の処理はAIに任せ、私たちはその情報を扱い、他者と共鳴し、実際に社会を動かすことのできる「人としての器」を磨いていきたい。
学生を孤独と不安の中に放置せず、テクノロジーと人間性の調和を目指す教育環境を構築することが今、社会に求められている。
(文:ライアン・ゴールドスティン 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)

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