
習近平国家主席のワシントン訪問に向け、着々と準備を進めつつある米中両国。しかしながらその一方で、相手国への圧力も完全には手放さないという関係性は今なお続いているのが現状です。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』ではジャーナリストの富坂聰さんが、習近平氏の訪米によって中国側が得る「土産」について、さまざまな要素を勘案しつつ推測。さらに中国への技術規制や米国のインド太平洋戦略を検証しつつ、トランプ政権が抱える政策上の矛盾を明らかにしています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:米朝首脳会談のお膳立ての見返りは「安定」だけか 習氏訪米前の米中の収支決算
米朝首脳会談を「土産」に訪米へ。習近平がトランプから得る見返りは何か
米中首脳会談に続き、いよいよ米朝首脳会談の実現に向けた動きも本格化してきたようだ。
アメリカのドナルド・トランプ大統領は8月19日、9月下旬に予定される中国の習近平国家主席との会談について「楽しみにしている」と述べたと伝えられた。
中国の習近平国家主席がワシントンを訪れ、ホワイトハウスでトランプ大統領と会談する映像が世界を駆けめぐれば、そのインパクトは計り知れない。
しかし一方で「米中関係の現在地」という意味では、もう一つ定まりきらない不透明感も漂っている。
一つの疑問は、習氏訪米のお土産(とくに中国側にとっての)が何も見えてこないことだ。訪米に際して中国は、おそらく米朝首脳会談に向けた調整を行っていると思われる。
今年6月、トランプ大統領を北京で迎えた直後の習氏が北朝鮮を訪れたのはそのサインだ。金正恩労働党総書記との会談では米朝首脳会談が裏テーマとなったとの見方は北京でも根強い。
アメリカも北朝鮮側も明らかに互いの批判のトーンを落としている。
今週トランプ大統領は定例の米韓合同軍事演習の規模を縮小すると突如発表したが、その理由は「北朝鮮が不快感を示した」(『Truth Social』)からという。北への配慮という投稿に世界は驚いた。
北朝鮮側も即座にこれに反応した。金総書記の妹の金与正党総務部長は「(韓国が)最も楽しみにしていた『戦争ごっこ』を取りやめなければならない哀れな立場に置かれた」と嬉々として隣国を揶揄した。
こうしたやり取りを見ても朝鮮半島の裏側で何かが猛スピードで動き始めていることが伝わってくる。
イランに対する攻撃で思うような成果を得られなかったトランプ大統領にとって、金正恩との会談が実現すれば、これまで外交で積み重ねた失点を大きく挽回できるチャンスとなる。中国にとっては格好の「土産」である。
だが一方の習近平国家主席にとってのメリットは何なのかといえば、現在のところ未知数だ。あえて挙げればアメリカとの「安定した関係」なのである。
もちろん「安定」が軽視できない重要問題であることは言を俟たない。ただ、習氏がワシントンに赴き大きなセレモニーに参加するという華やかなステージに値する成果としては、あまりにも非可視的だ。
さらに言えば、その安定もトランプ政権側が繰り出すジャブによって、常に揺らいでいるのだ。
こうした関係の脆弱性を『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』は8月19日に発した記事で取り上げている。タイトルは「ワシントンが行う技術の締め付けは、脆弱な米中休戦を試しているのか?」。サブタイトルでは「FCC(米連邦通信委員会)による中国技術への規制が北京の自制心を試す中、トランプ氏と習氏は来月予想される首脳会談に向けて準備を進めている」と書く。米中を取り巻く矛盾した動きを皮肉ったのだ。
つまり昨年10月の米中首脳会談、5月のトランプ氏の訪中以降、中国との安定的な関係を模索する姿勢を示してきたアメリカが、一方では何とかして中国の存在感が高まるのを抑制したいと動いている、その悩ましさを指摘したというわけだ。
この記事の著者・富坂聰さんのメルマガ
あいまいな立ち位置のまま同盟国に防衛費増額を迫るトランプ
実際、トランプ政権の対中圧力は明らかに弱まっている。商務省や財務省が米中経済戦争の表舞台から後退する中、現状ではFCCだけが孤軍奮闘している状況だ。
FCCは昨年12月、新たな中国製ドローンの輸入に厳格な禁止措置を決め、今年4月には中国の通信事業者(中国移動、中国電信、中国聯通)が米国内でデータセンターを運営することを禁止する提案を前進させた。
また、香港の通信事業者HKTインターナショナルの米国での事業を禁止する措置も進め、5月には民生用ルーターの新型モデルに対する規制をかけ、7月にはロボットとパワーインバーターに対する規制を実施したのである。
これに対して中国が「目には目を」というやり方で対抗したことは、このメルマガでも詳しく書いた。
【関連】トランプに「目には目を」で報復。中国が対抗措置で突きつけた“安全保障カード”と、露呈した米国の“中国依存”という実態
だが、あらためて触れるまでもなく、習氏の訪米に向けた準備は、一方で着々と進められているのだ。
これは『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』が書いているように、トランプ政権が「抑制のきいた規制」に留めているからなのだろう。
このトランプ政権の傾向は、安全保障政策の面でも見事に反映されている。
そのことは米誌『フォーリン・ポリシー』が記事「コルビーの『フレキシブル・リアリズム(柔軟な現実主義)』はインド太平洋では機能しない」(8月18日)の中で詳しく書いている。
例えば、<ワシントン自身が増す一方の脅威を明確に特定することをためらっているように見える中で、同盟国に対してその脅威に立ち向かうための大幅なコスト増を期待する。>という記述だ。アメリカの政策が機能しないのは、日本や韓国、フィリピンに防衛費の増額を強引に求めながら、自分はあいまいな立ち位置を取っているためだと喝破する。
その象徴的な動きの一つが対北朝鮮であり、もう一つが最近東南アジア巡りを終えたばかりのエルブリッジ・コルビー米国務次官の言動だという。
コルビー氏のマニラでの演説では<拒否的威嚇(deterrence-by-denial)という概念に基づく自らの防衛戦略が、圧倒的に中国軍の脅威を対象に設計されているにもかかわらず><「中国」という言葉を一度も発しなかった>というのだから指摘されるのもむべなるかな。
自分は中国、北朝鮮と接近しながらも、同盟国には中国の力を削ぐための駒になれと命じる。そんな戦略にまともな政権が乗っかるはずなどないのである。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2026年8月23日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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