100年先にも美味しい日本酒が飲めるように――。
米、麹、水から作られる日本酒は、地域の自然や風土に根差した日本を代表する文化の一つだ。2024年には、伝統的酒造りがユネスコ無形文化遺産に登録された。
その日本文化を代表する日本酒にも、地球温暖化の影響が及んでいる。
長い歴史の中で、技術と文化を受け継いできた日本酒を未来の世代へとつないでいくために、何ができるのだろうか。
持続社会連携推進機構アース・シェルパ主催のイベント「気候変動に立ち向かう日本酒を知ろう・飲もう!」が9月1日に東京・新橋で開催され、日本酒の造り手らが温暖化などについて語り合った

HuffPost Japan
日本酒に起きている問題
気候変動の影響を大きく受けているのが、日本酒の原料となる酒米だ。
猛暑や降雨パターンの変化、水不足によって、酒米の収穫量減少や品質低下が発生している。
岡山県発祥の酒米「雄町(おまち)」にも、高温障害が起きているという。
雄町は1859年に発見された、160年以上の歴史を持つ酒米だ。「山田錦」や「五百万石」など、現在流通している多くの酒米のルーツでもある貴重な品種で「オマチスト」と呼ばれる熱狂的なファンを持つ。
その雄町の95%以上が、気候が温暖で日照量が豊かな岡山県で作られている。

市田真紀氏提供
日本酒ライターで岡山県酒造好適米協議会広報アドバイザーも務める市田真紀さんによると、雄町の大きな特徴は「大粒で球状の心白(しんぱく:芯の白い部分)」だ。
雄町は籾(もみ)が時間をかけてゆっくりと太り、大きい球状の心白ができる。この大きくて柔らかい心白はもろみの中で溶けやすく、濃醇な味をもたらすという。
市田さんによると、大きくて球状の心白を作るためには、8月下旬〜9月上旬の出穂から、10月中旬〜11月上旬の刈り取りまで、安定した天候と暑すぎない気候に恵まれることが重要だ。

市田真紀氏提供
しかし近年、岡山県でも夏や秋の気温が上がり、9月以降も高温の日が続くことが珍しくない。降水パターンも変化して、水不足や極端な降雨、台風に見舞われるようにもなっている。
これらの変化により、粒が小さくなったり、白濁したり、割れたりするなど、雄町の品質低下が起きているという。
市田さんは「粒が大きくならないと歩留まりが悪くなり、割れてしまえばいい麹もできない」と話す。
特に記録的な猛暑だった2024年は被害が大きく、収穫量が少なかった上に歩留まりも悪かったという。
等級がつかずに大きく値下がりした雄町もあり、一部の生産者からは「こんな状況が続けば米作りを続けていくのは難しい」と嘆く声も聞かれた。
市田さんは「米の不作は、農家が米作りをやめるということにもつながっている」と語った。
造れる期間が減っている
酒米だけではなく、温暖化は酒造りができる期間にも影響しているという。
100年以上の歴史がある大分県日田市のクンチョウ酒造は、江戸時代から続く歴史的な酒蔵で清酒や焼酎を製造している。

クンチョウ酒造提供
一番古い蔵は1702年建造。5棟の蔵すべてが建築当時の姿で残っている酒蔵群は、地域にとっての財産でもある。
しかし、年間を通して気温が高い日が増えていることで、冷蔵設備がない蔵での酒造りが難しくなっている。
日本酒造りでは温度が高いと酵母の活動が活発になりすぎ、急速に発酵してしまう。そのため、美味しいお酒を作るためには、一定期間の低温状態が欠かせない。
クンチョウ酒造の冨安大二郎さんは「暖かくなっていることで古い蔵での酒造りで発酵が進むという問題が生じている」と話す。
多くの酒蔵で冷蔵設備の導入が急務になっており、クンチョウ酒造にも温度管理ができるタンクはある。
しかし、冷蔵設備を導入することでさらに電力を多く使って二酸化炭素の排出量が増加してしまうというジレンマも生じているという。

クンチョウ酒造提供
飲みたい期間も減少
造れる期間に加え「飲みたい期間」も減少しているという。
一般的に、日本酒の消費量は夏に減り、冬に増える。そのため、暑い時期が長引くことで、日本酒を飲みたい期間が短くなってしまっている。
長野県諏訪市にある本金酒造の宮坂ちとせさんは、猛暑だった2025年に「暑すぎて日本酒が飲みたいのに飲めないと言われた」と振り返る。

本金酒造提供
寒い時期の日本酒の飲み方といえば、熱燗だ。鍋やおでん、湯豆腐などと一緒に熱燗で体を温めるのは、日本酒好きにはたまらない飲み方だろう。
しかし、秋田県湯沢市で酒造りをする秋田銘醸株式会社の大友理宣さんは「温暖化が進むほど、秋に寒くなって鍋と一緒に燗をつけて飲むという飲み方がなくなる」と話す。
気温上昇により、生酒の提供も難しくなっているという。
本金酒造の宮坂さんは「以前は夏酒も生酒で出していましたが、(冷蔵する必要があるため)輸送コストがかかるし、購入して持って帰るのも大変なので、火入れの酒が多くなりました」と話す。
本金酒造では、生酒の提供が難しくなった分、白麹を使って味わいで爽快さを出すなどの工夫をしているという。
100年後に美味しい日本酒を飲むために
そういった厳しい状況の中、各地の米農家や蔵元が日本酒を100年先につないでいくための努力を続けている。
その一つが、酒米の品種改良だ。本金酒造の宮坂さんによると、長野県では長年、酒米の品種改良に取り組んでおり、標高が高くて冷涼な地域の多い長野で育てやすく、酒造りにも向く酒米を目指した品種も生まれている。
その中で最近注目を集めているのが、出羽の里(山形系)と標高の高い場所でも育ちやすい「ゆめしなの」の系統を交配させて作られた「山恵錦(さんけいにしき)」だ。
この山恵錦を使った「御湖鶴 純米吟醸」という日本酒が、イギリスで開催された「インターナショナル・ワイン・チャレンジ 2021」のSake部門で最高賞の「チャンピオン・サケ」に輝いた。
ただし、すべての米が品種改良を選択できるわけではない。
前述した酒米・雄町は、人工交配による品種改良していない原生種を今も作り続けていることが魅力だ。
市田さんは「『品種改良すれば先人たちが作ってきた歴史を踏みにじる』という思いから、生産者さんたちは今ある雄町を守ろうと日々努力を続けている」と話す。
品種改良をせずに雄町を作り続けていくために、生産者が酒蔵と勉強会を開いたり品質の問題を話し合ったりと、できる努力をしているという。
循環型の日本酒造り
蔵元も、廃棄物を減らすなど持続可能な酒造りに積極的に取り組んでいる。
その一つが酒粕を活用する工夫だ。
日本酒は、酒米と麹、水を発酵させた「もろみ」を絞ってつくる。絞って液体として抽出されたものが日本酒で、残った固形物が酒粕だ。
酒粕はアミノ酸が豊富で、甘酒や粕漬け、粕汁などに利用されているが、使いきれなかった分は産業廃棄物として処理されているという。
長野の本金酒造では、この酒粕の廃棄をなくすために、牛や鶏のエサとして、地元の養鶏場や、神奈川県葉山町の畜産農家に提供している。

本金酒造提供
さらに酒粕を食べた牛や鶏のふんを田んぼで堆肥にして酒米を作り、お酒を作ることで、酒粕の廃棄をゼロにするだけではなく、農薬使用量も削減した「循環型の日本酒造り」を実現している。
大分・クンチョウ酒造も酒粕を使って家畜の飼料を作っているほか、「粕取り焼酎」や「正調粕取り焼酎」を製造して廃棄をゼロにしている。
粕取り焼酎は、酒粕と米を脱穀した後に出る籾殻(もみがら)を練り合わせ、蒸留させて造る。日本酒の魅力を兼ね備えた焼酎だ。
クンチョウ酒造の冨安さんは「籾殻の香ばしい香りと、熟成した酒粕の香りがする焼酎を作る、循環型の取り組みを大事にしています」と語った。
秋田銘醸でも、酒粕を粉末化して健康食品として販売したり、田んぼの肥料にしたり、豚の餌にしてブランド豚肉として売り出したりするなど、様々な方法で廃棄ゼロの取り組みをしている。

秋田銘醸提供
磨かない酒作りへの“回帰”
さらに、サステナビリティの観点で近年広がっているのが、酒米を磨かない酒造りへの“回帰”の動きだという。
日本酒は原料のお米を磨いて(削って)作る。日本酒ブームの中、米をより多く磨く「高精米」の酒が人気を集めた。
米の表層部には、脂質やビタミン、タンパクなどの成分が多く含まれており、磨けば磨くほど、これらの成分が減り、雑味が少なく、華やかな香りの日本酒になると言われている。
高級な日本酒の多くは高い割合で米を磨いていて、精米歩合(精米して残った米の割合を%で表したもの)は、吟醸が60%以下(40%以上削る)で、大吟醸が50%以下(半分以上削る)だ。
しかし、酒造りの技術が進化してきたことで、米を多く磨かなくても、雑味を抑えて香りが高いお酒が作れるようになってきているという。
市田さんは「最近は岡山の酒蔵でも、酒米を贅沢に磨く酒造りから、磨かない方へと戻ってきている」と説明。
「雄町は磨いてもいいのですけれど、磨かなくてもとてもふくよかで美味しいお酒ができます。技術が進歩して雑味を消せるようになっているので、改めて磨く競争から少し離脱して、磨かなくても美味しいお酒だというアピールができる方向へと変化しています」と話す。
クンチョウ酒造でも精米歩合が80%の日本酒を作っている。冨安さんは「まさに磨かないお酒。昔はそれが普通でしたし、技術が高まって磨かなくても美味しくなっています」と語った。
近年の米の値上がりも、磨かない酒造りへの回帰を後押ししているという。
ソーラーシェアリングを取り入れる米農家も
米農家が温暖化や物価高騰の影響を受ける中で、今までにない方法で収入を増やす動きも進んでいる。
その一つが、田んぼに太陽光パネルを設置するソーラーシェアリングだ。
収穫した米で日本酒を造るだけではなく、発電した再エネ電力も酒の製造過程で利用するという取り組みが行われており、耕作放棄地の解消にもなっているという。
宮坂さんは「ソーラーシェアリングをしながらの農業は理にかなっていると思う」と話す。
「ソーラーシェアリングによって、農業を続けながら太陽光発電による収入も得ることができ、農家さんの安定した米作りと経営につながります。無農薬米や減農薬米がありますが、ソーラーシェアリングで作ったお米を営農米などの名前でブランド化すれば環境配慮への認知度も上がると思います」
日本酒は地域を作る
今回のイベントに参加した酒蔵関係者の全員が大切だと強調したのが、酒蔵が担ってきた「地域を作る」という役割だ。
本金酒造の宮坂さんによると、長野県では移住者と一緒に田植えなどをすることで、先住者とのコミュニケーションも生まれている。

本金酒造提供
さらに本金のお酒を飲んでもらい諏訪を知ってもらうことが、八ヶ岳、霧ヶ峰高原が見える諏訪の景色を守ることにつながると考えている。
「水も米も風景も、誰かが守り、次世代に渡していくものだと思います。自然はずっとそこにあるものではなく、みんなで守っていくもの。そのために、米を育て、酒を造り、人と出会い、子どもたちに伝え、自然を守っていく。その一つ一つが地域の未来につながっていくと思います」と宮坂さんは語った。
「地域と共に醸す」をキャッチフレーズに酒造りをしているクンチョウ酒造は、蔵を一般開放して、誰でも立ち寄れるようにしている。
さらに近年、耕作放棄地が増えていることを受けて、地元の農家と一緒に酒米の山田錦を作り始めた。
冨安さんも、「お酒には、その地域の魅力が詰まっている。その一本を手にすることでクンチョウや日田を知り、九州に来てほしいと思っています」と話す。

クンチョウ酒造提供
農家の高齢化や廃業が問題になる中、秋田銘醸では2020年に自社内に農業生産課を立ち上げて、自社で米作りを始めた。
「自分たちで米を作ることで、就職という形で農業をしたいという方も来てくれるんじゃないかと思います。農業をしながら、冬は酒を作る。自分で作った米で作ったお酒は大事にすると思います」
他にも、井戸を作って周辺の農地にも水を利用できるようにするなど、自社だけではなく地域全体の農業を支える取り組みもしている。

秋田銘醸
高齢化や収益の悪化などで、米農家の離農が急速なスピードで進んでいる。
水田は私たちの食や文化を支えてきただけではなく、土砂の流出を防ぐ、地下水源を守る、多くの生き物が暮らす湿地として生物多様性を支えるなど多くの重要な役割を果たしている。
100年後にも日本酒を飲めるようにすることが、100年後の地域を守ることにもつながっている。
酒造りや田んぼを残していくためには、農家への資金面での援助や、酒蔵の米作り参入への要件緩和、ソーラーシェアリングへの参入障壁を取り除くなど、制度面の整備が求められている。
さらに温暖化対策も重要だが、蔵元だけの努力では解決しない。
秋田銘醸の大友さんは「CO2排出削減や、需要電力(デマンド)管理など、酒蔵ももちろん努力しているんですけれど、全員がCO2を減らすために取り組まないと、止まらないと思う」と語った。

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