ロシアのウクライナ侵攻開始から4年が経った。長期化により、民間人も含めて甚大な犠牲が生じている一方、世間の関心が少しずつ薄れていることも否めない。元新聞記者の近藤遼裕さんは2025年からたびたびウクライナを訪ねて、戦争のある日常が当たり前と化した“戦時下の暮らし”を見つめてきた。今連載では、ロシア国境からわずか30kmに位置し、現在も攻撃にさらされるウクライナ第二の都市・ハルキウの現地ルポを3回にわたり届ける。
ワーホリ中の元新聞記者、なぜウクライナへ
2023年3月、7年勤めた東北の新聞社を辞めて渡英した。
イギリスへ来た一番の理由は、「会社員」という肩書を一度手放したかったからだ。決して仕事が嫌だったわけではない。ただ、一度レールの外に出て、海外でゼロから生活してみたいという思いがあった。
そして、ウクライナへ行くことも渡英前から漠然と考えていた。
2022年2月、ロシアによる全面侵攻が始まった当時、新聞社の整理部に所属していた。国際面を担当することも多く、ウクライナ関連の記事に見出しを付けたり、紙面を組んだりする機会が何度もあった。毎日のように届く戦況の記事を扱いながら、現場はどうなっているのだろう。戦時下で暮らしている人たちはどんな生活を送っているのだろう。と考えていた。
紙面から見えるのは「結果」だけだった。どこで攻撃があったのか。何人が犠牲になったのか。どの建物が破壊されたのか…。そこに暮らす人たちの日常までは見えてこなかった。だから、ヨーロッパへ行く機会があれば、一度は自分の目で見てみたいと思っていたのだ。
ロンドンの語学学校ではロシア人女性とも知り合った。26歳の彼女は明るく気さくな人だったが、さまざまな国籍の生徒が集まる場ではどこか居心地が悪そうに見えた。その一言に、戦争が多くの人々の日常にも影を落としていることを感じた。
その時に、ふと思った。ロシアで暮らす人たちは、ウクライナで暮らす人たちは、何を感じているのだろう。ニュースでは見えないものを、自分の目で見てみたい。そう思い立ち、ウクライナに向かうことを決めた。
ロシア国境から30km…ハルキウを訪ねて
4月20日、午前11時過ぎ。
肩に触れられて目が覚めた。乗務員がこちらを見て、「more 1 hour」と短く声をかけてくる。あと1時間で着くらしい。
窓の外を見ると、街の輪郭がゆっくりと形を現し始めていた。空は低く、今にも落ちてきそうなほど重たい雲に覆われている。ワルシャワを出たときは満員だった車内も、いつの間にか乗客は4分の1ほどに減っていた。
ふと窓の外を眺めると、おそらく空爆を受けたのだろう、屋根部分が鉄骨だけになった大きな建物が目に入った。驚く暇もなく、隣にはレンガが崩れた建物もある。部分的に壊れているから空爆であることはすぐに分かった。
「本当に来たんだな」
そう思いながらも、まだ実感は追いついていない。どこか落ち着かずにそわそわしていると乗務員がまた戻ってきた。
「寒いのか?これ、食べろ」
差し出されたのは、温かい紅茶とインスタント麺だった。丸一日まともに食べていなかった体には、それだけで十分すぎるほどありがたかった。
食べ終わるころ、列車はゆっくりと減速を始める。終点、ハルキウに到着する準備に入っていた。

Ryosuke Kondo
不気味に鳴り響く「本物の音」
ポーランドのワルシャワ中央駅を出たのは、前日の午前11時。
約2時間半で国境近くのヘルムに着き、そこから乗り換えた。ここから先は4人一部屋の寝台列車で、首都キーウまでおよそ16時間の移動になる。
入国審査もすべて列車の中で行われた。検問所で長い列に並び、座席タイプの車両で移動した前回と比べると、精神的にも肉体的にもかなり楽だった。

Ryosuke Kondo
本来の予定では、キーウに朝6時に到着し、そこから8時間ほど待って別の列車でハルキウへ向かうはずだった。だが、ヘルムから乗った列車はそのままハルキウまで向かう便だった。乗務員に追加で1500円ほど支払えばそのまま乗り続けられると言われ、そのまま終点まで来ることにした。
正午を少し回ったころ、ハルキウ駅に到着した。思っていたよりも、人が少ない。
ロシア国境沿いとはいえ、ウクライナ第二の都市とされる街だ。キーウほどではなくても、それなりの人の往来はあると思っていた。だが目の前に広がっていたのは、どこか沈んだ空気だった。
人がいないわけではない。車も走っているし、人も歩いている。それでも、街全体の音量が一段下がっているような感覚があった。
シムカードを購入し、宿に向かおうとしたその時だった。スマートフォンから、けたたましいサイレンが鳴り響く。エアアラートだった。
ほぼ同時に、街の中にも救急車のようなサイレンが広がっていく。初めて聞く「本物の音」だった。リヴィウやキーウで聞いたものとは明らかに違う。体の奥を直接揺さぶられるような、不快な振動が残る。
ここはロシア国境からわずか30キロの街だ。頭では理解していたはずの距離が、その音とともに現実として迫ってくる。
周りを見渡した。だが、誰も慌てていない。信号待ちをしている老夫婦、タバコを吸っている若い女性、子どもの手を引いて歩く母親。誰もが、何もなかったかのように日常を続けている。
「大丈夫なのかもしれない」と思う自分と、「何かあったらどうするんだ」という不安が、同時に頭の中に浮かんでいた。
GPSが機能しない…ここはそういう街なのだ
とりあえず周囲を確認し、足を進める。事前に調べた予約サイトでは、宿までは徒歩で40分ほどの距離だった。
だが、Googleマップで経路を調べると、表示されたのは「2時間」。何度再起動しても、結果は変わらない。
おかしいと思いながら画面を見ていると、ようやく異変に気づいた。現在地が、実際よりもかなり南にずれて表示されている。その周りには、ぼんやりとした青い円が広がっていた。
GPSが機能していなかった。

Ryosuke Kondo
知らない土地で、自分の位置が分からないというのは想像以上に不安なものだ。
どこにいるのかも分からないし、どの方向に進めばいいのかも分からない。ましてや、ウクライナでは英語が通じる人も多くはない。
配車アプリを使おうとしても、そもそも位置情報がずれているため、車はまったく違う場所へ向かってしまう。結局、2回ともキャンセルすることになった。
配管工事をしている男性や、スーパーの店員に身振り手振りで道を尋ねながら、なんとか宿へ向かう。駅を出てから2時間近くかかっていた。
部屋に入ってすぐ、ホストに連絡を入れた。チェックインが遅れたことを謝りつつ、なぜGPSが機能しなかったのかを聞いてみる。返ってきたのは、想像していなかった答えだった。
「国内全体に戒厳令が敷かれていて、アラートが鳴っている間はGPSは使えないよ」
後で調べると、ハルキウのような国境に近い都市では、ロシア軍のドローンや誘導兵器への対抗手段として、GPS信号を含む電波の妨害が行われることがあるらしい。
その影響で、スマートフォンの位置情報が大きくずれたり、正常に機能しなくなったりすることがあると言われている。
ハルキウに到着してから宿に着くまでの約2時間で、警報は3回鳴った。1時間に1回以上のペースだ。
もう、ここではGPSは使えない。そう覚悟した瞬間だった。
ここは、そういう街なのだ。
(この記事はnoteに投稿されたルポを編集・転載しています)

2 時間前
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