
高市首相の「個人人気」を追い風に、衆院選で大勝を果たした自民党。その裏には、どのような力学が働いていたのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、自民圧勝の背景にある同党の「巧みなネット戦略」について、男性論客の言説を引きつつ分析。その上で、決定的に出遅れている野党の現状と今後の課題を考察しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:「高市現象」に見る笑いながらのファシズム/とうてい太刀打ちできそうにない野党の出遅れ
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
袋叩きに遭っている「高市鬱」なる新しい心理学用語
これらは「傾向」といった生やさしい分岐ではない。後者の代表格である文芸評論家の斎藤美奈子が『東京新聞』2月18日付のコラムで「選挙後『高市鬱』という言葉がネット上を飛びかっている」と書いて、前者の人たちから袋叩きに遭っている。
確かに、私がチェックした限りでもその言葉は「ネット上を飛びかっている」様子はなく、たぶん斎藤の造語で、彼女がネット上で飛びかってほしいと願望しているということだろう。
また個人名を特定の病名と結びつけるのはルール&マナー違反だというしたり顔の批判もあったが(私もトランプの認知障害ぶりについて何度も書いていて肝に銘じなければいけませんが)、「鬱」そのものは「ふさぐ」「滅入る」「鬱陶しいと思う」などの心理状態を表す言葉で「鬱病」と書かなければ病名とはならない。
また、上掲『週刊文春』の同じ記事中で作家の鈴木涼美が、トランプ来日の際に高市が横須賀の空母に乗艦し彼の横でピョンピョン跳ねてはしゃいでいたことを取り上げ、「あんなトランプと心中するかのような姿を世界中にさらすなんて、愚策中の愚策。ベタベタ甘えて『ステキ~』なんて女性を売りにしたと批判されていますが、むしろホステスとしても三流です。歌舞伎町イチの嫌われ者だけどお金だけはある闇金の社長に、みんなの前で『大好き!』と言っちゃう、デビューしたてのキャバ嬢の振る舞いです」と述べているのは、今度はキャバ嬢への職業差別に当たらないかと思ってしまうが、彼女はその勤務体験を売りにしている人なので別に心配することはない。
それにしても、中高年のインテリ女性が高市の下品さへの嫌悪感をどう表現したらいいかを競い合っている光景は、なかなか見応えがある。
この記事の著者・高野孟さんのメルマガ
「高市本人」よりも恐ろしい自民党の巧みなネット戦略
男性の論者だからという訳ではないが、文芸評論家の藤田直哉は2月19日付『朝日新聞』夕刊のコラムで、高市自身というよりも、「自民党のネット戦略の巧みさ」が高市の「キャラクターを演出し、『推し』の対象とした」側面に注目している。
その背景には「深層で起こっているメディアの覇権の変化」がある。「新聞・出版・映画・テレビなど、多数の受信者に向けて一方的に発信し、時間や空間を共有するマスメディアから、SNSなど双方向に送受信でき、個人性の高いメディアへと情報経路の中心が変わった。好きなものを見られるので、各人の帰属意識は分散し、社会は分極化する。
新たなメディアの双方向性は、権威からの一方的な発信への抵抗感を生み、『マスコミは信じられない』『ネットに真実がある』という考えを発展させ、偽情報や陰謀論が蔓延し……不寛容を生み、対話や議論を困難にさせる。『推し活』選挙はその表れである」と。藤田はそこに「ポピュリズムからファシズム的な方向へ向かう危険への懸念」を見出している。
高市のキャラクターそれ自体の特異性ではなく、「自民党のネット戦略の巧みさ」がそれを「演出」しているのだとすると、その対象は必ずしも高市でなくてもいい訳で、高市がコケたら今度は小泉進次郎とか別の誰かを立てて「演出」していけばいいことになる。だとすると、恐ろしいのは高市本人よりも自民党ということになる。
そこまでの藤田の言説を読んで、ふと思い出したのは、今から40年以上も前にNHK出版から上下2巻で翻訳が出たバートラム・グロス=ニューヨーク市立大学教授の『笑顔のファシズム』だった。その本が出た直後にたまたま米国を訪れた私は、NY郊外の同教授の自宅にまで押しかけて長い時間、話を聞いた。
「先生のご著書の原題はFriendly Fascismです。現代のファシズムは、軍靴の音を鳴り響かせて行進して来て人々を威嚇し強制するのではなく、忍び寄るようにいつの間にか近づいて来るのですね」
「そうだ。NHKは日本語版のタイトルにSmilingという語を使ったそうだが、まさにその通りだ。軍産複合体は人々が気付かぬうちにいつの間にかこの社会を覆い、身動きができないようにしてしまう。すでに米国はそのような方向に追い込まれ始めている」
「忍び足(Stealthily)なんですね」……
当時はまだインターネットもSNSもなく、「新聞・出版・映画・テレビなどのマスメディア」の“右傾化”が問題にされていた時代だった。ところが今では、藤田の言うように「情報経路の中心」は移動し、人々は自分らが操られているという自覚もないまま同じ方向に群れをなして走り出そうとしているかのようである。
さて野党はこの状況への対応に余りに大きく遅れをとっていて、勝負が成り立ちそうにない。どうしたものだろうか。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2026年2月23日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
image by: 首相官邸
MAG2 NEWS

7 ヶ月前
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