デモの「エンタメ化」は、政治や社会を動かす力を弱めるのか?ペンライトやのぼりが示す「闘争型」からの変化

1 日前 4

ペンライトの光や、ユニークなのぼり旗が揺れ、音楽とともに戦争や改憲に反対する声が響く──。高市首相が強い意欲を示す憲法改正や、国旗損壊罰法、改正皇室典範などをめぐり、様々な抗議デモが相次いでいる。

参加者が自分なりの表現や言葉を携えて立つ今のデモに対し、一部では「ごっこ遊び」「デモで社会は動かない、法案は阻止できない」などと揶揄する声もある。

「エンタメ化」することで、デモの力は弱まったのか。それとも、従来とは異なる形で権力に抵抗し、社会や政治を動かす力になっているのか。

日韓を比較しながらデモや民主主義について論じた『メガホンとペンライト 韓国の「騒ぎながら民主主義」』(皓星社)の著者である、韓国在住のメディア人類学者キム・キョンファさんは、日本で今広がるデモを「祝祭型」とし、「民主主義の質をさらに深める変化」だと分析する。

日本の「抵抗のエネルギー」

──音楽にあわせてペンライトやのぼりを振ったりコール&レスポンスしたりする今のデモに対し、一部では「軽薄」「本当に法案の阻止や政治的要求につながるのか」と疑問視する声もあります。こうした現状をどう見ていますか。

今のデモに見られる「エンタメ化」は、気軽にデモに参加できる回路を広げただけではなく、政治を権威的なものから、より開かれたものへと変え、民主主義の質をさらに深めるための重要な変化だと私は考えています。

最初から完成された政治的意識を参加者に求めること自体も、見直す必要があります。デモには、運動を自ら企画・運営するような積極的な人ばかりがいるわけではなく、グラデーションがあります。必ずしも「政治的な意識があるからデモに行く」のではなく、むしろ「デモに行くようになってから政治的な意識が育まれる」。政治について考え自分なりの意見を持つプロセスは一直線ではなく、葛藤や失望を繰り返しながら深まっていくもので、それを経験すること自体が立派な政治的実践です

キム・キョンファさんの著書『メガホンとペンライト 韓国の「騒ぎながら民主主義」』
キム・キョンファさんの著書『メガホンとペンライト 韓国の「騒ぎながら民主主義」』

「メガホンとペンライト」

──著書では、今のデモからは「日本の市民社会には平和・反戦という『スイッチ』が存在することを実感する」と書かれています。

韓国で2024年に、戒厳令を宣布した尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の弾劾を求めた大規模なデモが起きて以降、日本のいわゆるリベラルの方から「韓国の民主主義は素晴らしい」「日本は民主主義に対する人々の熱量が足りない」という話をよく聞くようになりました。確かにそういった側面もあるとは思います。

一方で、約80年という長い戦後体制の中で、日本の市民の多くは学校教育の中で戦争体験者の話を聞いたり被爆地の広島や長崎を訪ねたりして、平和や反戦への強い思いを育んできた。日本にいると当たり前だと思うかもしれませんが、外から見ると決してそうではありません。日本には投票率の低さや政治の話がタブー視されがちという課題はありますが、今各地で改憲や戦争に反対するデモが起き、初めて参加した人も多くいることは、日本に抵抗のエネルギーがあることの確かな証拠だと思います。

闘争型から、「自分のまま」で立つデモへ

──音楽を取り入れるなど開放的な雰囲気のデモは「祝祭型」に分類できるとのことですが、このようなデモはいつ頃から起きたのでしょうか。

2010年前後から世界各地で起き、日本では、2011年の東日本大震災以降に展開された反原発デモとして「サウンドデモ」が行われました。高円寺や渋谷の街を、DJブースや楽器で音を鳴らし、遊び心あるコスプレをしたり旗や風船を持ったりして歩くというものです。ペンライトを振る今のデモは「新しい現象」とみられがちですが、この頃から日本でも、1960〜70年代の安保闘争の時のような統一のスローガンを掲げて、時に危険すら顧みずに強く団結する「闘争型」とは異なる、「祝祭型」のデモの兆候が見え始めました。

2012年の反原発デモでも、参加者たちはキャンドルなどを掲げていた
2012年の反原発デモでも、参加者たちはキャンドルなどを掲げていた

KAZUHIRO NOGI via Getty Images

──デモのスタイルが多様になった背景には、何があるのでしょうか。

以前の闘争型デモのように、単一のスローガン、アイデンティティに基づいた組織的な動員が成り立ちづらくなった、というのが大きいです。労働運動や学生運動が盛んだった時代は、「労働者」や「大学生」という強固なカテゴリーに基づいて集まり大規模なデモが行われてきました。しかし、今は一つの属性で個人を定義できる時代ではありません。年齢、性別、職業、住む地域、ライフスタイル、趣味…と多様な要素が重なり、市民ひとりひとりが独自で多層的なアイデンティティを持っています

その複雑さを削ぎ落として一つのスローガン、アイデンティティに統一するのではなく、複雑な「自分のまま」でデモに立つ。自由度の高い祝祭型のデモであれば、それぞれ異なる立場や背景を持ったままで集合し、日常に戻り、また別のテーマのデモに立つこともできる。この流動的で柔軟なスタイルが、今の社会で集合行動を起こすのに非常に機能的です。

──デモの手作りのプラカードやのぼり旗には、「戦争が起きたら推し活できない」や「猫とお昼寝できなくなる」のような身近なメッセージや、架空の団体名が書かれていることもあります。こうした参加者の創意工夫やユーモアは、どう捉えていますか。

戦争反対や退陣要求などデモ全体の目的を共有した上で、様々なツールを使って自分を表現することが、上から降りかかってくる大きな権威に抗う上で大事な実践になっています。SNSなどメディア環境の変化で、自己表現が以前より簡単かつ身近になりました。7月に日本で行った出版イベントで、「道端のねこに声かける労働者の会」と書いたのぼりを持って参加された方がおり、「自分は労働者ではあるけれど、出勤途中で猫に話しかけているから、この言葉にした」と話していました。「労働者」という社会的なカテゴリーだけでは、自分の多面的なアイデンティティを表現しきれないと感じていたのだと思います。これまで、デモののぼり旗には、組織の名前が書かれていて、その組織への帰属を示すものでしたが、今は「私はここにいる」と個の存在を訴えるものも増えています。

大事なのは、こうしたデモの「遊び心」や「ゆるさ」、「エンタメ化」が、政治への怒りや不安を緩和させたり、政治的なメッセージをうやむやに分散させたりするものでは決してないということです。むしろ、街頭や広場という公共空間で様々な表現を実践することが、政治の語る上での重苦しさや堅苦しさ、単一の価値観を押し付けようとする社会からの抑圧に対する批評行為として機能しています

デモの場にあった性差別や、若者への「上から目線の評価」

──尹前大統領の弾劾を求めた韓国のデモには、女性や若年層が多く参加しました。参加基盤が広がり、多様な人々が参加しやすくなった背景には何があるのでしょうか。

60〜80年代の民主化デモは身体的な衝突を伴う場合もあり、男女の役割が固定されがちでした。多くの女性がデモに参加しましたが、前線で「闘う」のが男性で、女性は食事などを作る「支援」として位置付ける傾向が強くありました。

デモの場が性差別の問題を内包していると広く可視化されたのは、朴槿恵(パク・クネ)元大統領の弾劾を求めて数百万人が集まった2016〜17年の「ロウソク集会」でした。初の女性大統領ということで「女性大統領はもうごめんだ」「女が大統領をやるからこんなことになった」と、女性蔑視となる言葉が広場の演説の中で飛び交いました。

それに対し、女性らから「朴槿恵は間違いを犯したが、それを女性全体の問題とするのは違う」「批判対象が女性であることで、行動や政策ではなく性別や容姿をもとに罵倒することはあってはならない」と強い批判がありました。デモの場から問題提起が起こり、検証し是正してきた歴史を経て、非常戒厳の時には多くの女性が主体的に参加しました。

──若者に関しても何か変化があったのでしょうか。

最近のデモでは、主催者が配るガイドラインに「10代に『参加してくれてありがとう』など上から目線の評価はNG」「タメ口で話しかけない」などと書かれています。韓国では、上の世代は若者のデモ参加を「私たちが続けてきた民主化運動を継承してくれる」と捉えがちです。しかし、若者たちは民主化運動の文脈だけを背負っているわけではなく、自分たちの世代が直面している経済格差やジェンダー差別などの問題を訴えるためにデモに立っている。選挙権を持たない中高生も多くいますが、自立した市民として対等に接しようという考え方が広がっています。

──活動家や識者だけではなく誰でも演説できる「自由発言台」は、韓国のデモの定番コーナーになっているそうですね。

「自由発言台」では、弾劾や退陣といったデモの主目的には直接的には関係なく見える内容も語られます。女性や若者だけではなく、性的マイノリティ、障害のある人、貧困層の人、選挙権を持たない外国人や移民など、普段は存在を透明化されがちな人々が、実生活に基づいて切実な問題提起をする。この自由発言台は、かつてのように統一のスローガンを叫ぶのではなく、様々な属性の人が自分の経験と主張を持ち寄って多様な声を響かせる公共空間へとデモが大きく変わったことを象徴しています

2024年12月に行われた、尹前大統領の弾劾を求めたデモ。韓国のデモでは参加者たちが前方に出てダンスを踊ることも
2024年12月に行われた、尹前大統領の弾劾を求めたデモ。韓国のデモでは参加者たちが前方に出てダンスを踊ることも

NurPhoto via Getty Images

「デモの参加者を支援する」韓国。日本との違い

──食べ物の差し入れや、会場となる広場の拡大、警察の保護、行政によるインフラ整備など、韓国での「デモの参加者を支援する」という考え方は、どのように培われたのでしょうか。

デモ文化が変わる転機になったのは、先ほども話した「ロウソク集会」です。警察や行政も、この頃からデモを「封じ込める対象」ではなく「市民の正当な権利なのだから、抑圧するのではなく安全に行えるよう保護・支援する対象である」と再定義しました

当時のソウル市長は、もともとは市民団体の運動家で、デモのインフラを整えることを行政の役割としました。ソウルのデモの中心地・光化門(クァンファムン)広場では、トイレや子どものおむつ替えができる場所が案内され、安心して参加できる環境があります。ロウソク集会後、光化門広場は再整備が行われ、歩行者空間がさらに拡大しました。

また、警察がデモ隊との過度な衝突を避けるようになった背景には、60〜80年代の軍事独裁政権下に、デモを行う市民が国家権力により鎮圧され、多くの犠牲者が出たことへの痛切な反省があると考えられます。

──日本では、デモでの警察の過剰警備に抗議する声もあり、行政や警察がデモをする市民を支援するという発想が根付いているようには見えません。

それは日韓の大きな違いだと思います。かつて日本の社会運動の聖地であった日比谷公園は行政による管理が強まり、市民が大勢集まれる公共空間は減ってきています。一方で市民の間には、応援ボタン付きのデモカレンダーや会場付近のマップを作ったり、ネットを通じてコーヒーやペットボトルを差し入れたりする動きもあり、支え合いの意識が広がっています。

日本に必要な「大きな運動」の視点

──デモの意義や社会への影響についてはどう考えていますか。

政権交代や法案阻止など、デモを通じた具体的な成果や実効性を追い求める視点はもちろん重要です。

一方で、イギリスの文化研究者レイモンド・ウィリアムズは著書『長い革命』の中で、真の社会改革は、制度的・法的な改革だけではなく、日常生活の中で当たり前と思い込まされている規範や秩序、文化を見直し、粘り強く改善していく長期的なプロセスのことだと説いています。この視座を持つことは、デモの意義を「政治的要求を成し遂げたか、失敗したか」だけにとどまらせず、民主主義の土壌を育てる上で非常に重要です。

国家に抵抗し、社会の制度を変えていく「大きな運動」と、その制度が地域社会や各々の生活の中で適切に機能しているか監視し、日常に潜む権力を見直す「小さな運動」は、市民社会をより良くしていくための両輪です。

日本では、特に自然災害に直面した際などには市民たちが協力し合い、地域社会や身近なコミュニティにおける連帯の強さを発揮します。この「小さな運動」の土台が整っている一方で、身近な相互扶助として完結しがちという課題もあります。そのエネルギーを、政治責任を追及したり制度の改革を求めたりする「大きな運動」へと転換していくことが今の日本には必要だと思います

(取材・文=若田悠希/ハフポスト日本版)

【キム・キョンファさん】

1971年生まれ。韓国在住のメディア人類学者。デジタル・メディアとネットワーク文化を研究する。ソウル大学の人類学科を卒業した後、韓国の新聞社の記者、ポータルサイトの事業開発担当を務めた。東京大学際情報学府で博士学位(学際情報学)を取得後、東京大学院情報学環の助教、神田外語大学の准教授を務めた。コロナ禍中の2021年に韓国に帰国し、日韓比較文化的観点からメディア研究を続けている。日本語の著書として、単著に『韓国は日本をどう見ているか』(平凡社、2024年)。林史樹との共著『二代男と改革娘 日韓の人類学者が韓国を語ってみた』(皓星社、2024年)など。

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