国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子(あかね・ともこ)所長が、アメリカのトランプ政権から経済制裁の対象に指定された問題。
赤根所長は8月26日の記者会見で、「脅威のために押しつぶされるようなことはない。正義は常にこれと対極にあるものに優越しなければならないという信念を貫く」と語り、トランプ政権からの圧力には屈しないという姿勢を改めて強調した。その上で、日本政府に継続的な支援や、ICC加盟国への働きかけを呼びかけた。
国際刑事裁判所の役割とは何か。日本人として初めて所長に就任した赤根氏のこれまでの経歴は。また、緊急重版が決定した「戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない」(文春新書)では、どんな考えをつづっていたのか。
ICCの役割は?戦争犯罪やジェノサイドなど重大な罪を犯した「個人」を処罰
赤根氏は、1980年に東京大学法学部を卒業し、82年に検事に任官。その後は、横浜、津、名古屋、仙台、札幌地検検事、東京高検検事、函館地検検事正、最高検察庁検事、法務省法務総合研究所所長などを歴任した。
2013年〜2014年には、国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)所長を務め、2018年に国際刑事裁判所(ICC)判事に、24年3月に所長に就任した。
ICCは2002年にオランダに設置された。国と国の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)とは異なり、重大な罪を犯した個人を処罰する。対象は、戦争犯罪やジェノサイド(集団殺害)、人道に対する罪、侵略犯罪だ。ICCには日本を含む125の国・地域が加盟しているが、アメリカや中国、ロシア、イスラエルは加盟していない。日本は国際社会での「法の支配」を重視する立場から、最大の分担金を拠出してきた。
ICCは2023年、ロシアのウクライナ侵攻をめぐり、ウクライナから子どもたちを強制移送したことが戦争犯罪にあたるとして、プーチン大統領らに逮捕状を出した。
ロシア当局は「無実の人物(プーチン氏)に刑事責任を負わせた」ことが犯罪行為に当たると主張し、この件を審理した赤根氏らICCの判事3人を指名手配する報復措置に出た。当時、赤根氏はTBSのインタビューで「身の危険は感じないか」と問われ、「裁判官は仮に1人が死んだとしても、いくらでも替えが利くものですから、別に狙う価値はないわけですよね、と私は思います」とし、「証拠に基づき法律的な手続きで責任を追及していくことが、戦争犯罪の抑止につながる」との見解を述べていた。
2024年にイスラエル首相に逮捕状。「悪意を持って権限乱用」とトランプ政権
アメリカのトランプ政権は8月18日、ICCについて「悪意を持って権限を乱用している」などと主張し、赤根所長を制裁対象に加えることを発表。加盟国に脱退を促した。
これに先立ち、ICCは2024年11月、パレスチナ・ガザ地区での戦闘をめぐり、イスラエルのネタニヤフ首相らに対して、戦争犯罪の疑いで逮捕状を発行した。イスラエルを擁護するアメリカはこれに反発し、ICCに経済制裁を科す動きを強めていた。
赤根氏は当時から「大規模な制裁はICCの存続を不可能にする」との懸念を示し、日本政府に対し「(日本は)国内外で『法の支配』を体現してきた国の一つだ。ICCを存続させるために、何らかの政治的・外交的行動をとる義務があるのではないか」と協力を働きかけていた。
制裁対象になったことが明らかになり、日本国内ではICC支援を訴える署名が立ち上がるなど、ICCや赤根氏を支援する声が広がっている。
高市首相は、「日本は国際社会における法の支配を一貫して重視している。今回の措置は日本の立場と相いれるものではなく、大変深刻に受け止めている」と述べた一方で、今後の具体的な支援策には言及しておらず、政府の姿勢を批判する声も強まっている。
重版決定の著書「戦争犯罪と闘う」で何を語っていたのか
文藝春秋から2025年に発売された著書「戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない」は重版が決定した。赤根氏は「今回の私に対する制裁は、ある程度予期していたことで驚きはない。重要なのは、これを国際的な『法の支配』の終焉の始まりとさせないこと。日本と日本の皆様の支援が重要な鍵となるだろう」とのコメントを発表している。
本書のプロローグでは、アメリカによる制裁の可能性が高まって以降、日本を尋ね「外務省の方々、そして国会議員の方々に、『ICCのために手を尽くしていただきたい』とお願いをして回りました」とつづっている。具体的には、▽強い制裁が発動されれば給与の支払いができなくなり、組織の機能はマヒする▽アメリカのIT企業との取引が停止した場合には、捜査も裁判もできなくなり、保護している被害者や証人たちに危険が及ぶかもしれないことーーなどを伝えたという。
「日本は世界の刑事司法の一端を担うという決断をしてICCに加わりました。処罰されるべき者が処罰されることは、最終的に世界の平和にもつながります。これは平和憲法を持つ日本が目指すところでもある。そんなお話もしました」とし、改めて、日本政府に対し、「『日本はICCを守る』と世界に向けて力強く発信すべき」と呼びかけていた。
アメリカによる制裁対象になった後の8月26日の記者会見では、赤根氏は日本政府の対応について「私やICCに大きな力を与えてくれるもの」と述べた。その一方で、「(アメリカの)同盟国としてICCの重要性や正当性について日本の見解を述べ、良い意味での対話を続け、米国のさらなるエスカレートした行為につながらないようにしていただけると確信している」との期待も改めて強く示した。

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