その1「私はすべてをコントロールできる」
最初に疑うべき思い込みは、「私はすべてをコントロールできる」という考えです。
私たちは、過去を変えることも、老いを止めることも、他人が自分をどう思うかも、自らの意思で支配することはできません。
それにもかかわらず、「すべては自分の意思で変えられる」と考えていれば、心は消耗してしまいます。
古代ストア派の哲学者エピクテトスは、私たちが力を注ぐべきなのは「変えられるもの」であり、「変えられないもの」は受け入れるべきだと考えました。
この考え方は「コントロールの二分法」として知られています。
変えられないことに注意を奪われ続けると、私たちは時間も思考も浪費してしまいます。
一方で、自分の行動、判断、態度のように変えられるものへ意識を向ければ、人生の負担は少し軽くなります。
似た発想は、仏教の「二本の矢」の教えにも見られます。
これは、苦しみには大きく分けて「避けられない苦しみ」と「自分によって上乗せされる苦しみ」がある、という教えです。
例えば、一本目の矢は、病気、けが、老い、失敗、別れ、他人の言葉など、人生で避けにくい苦しみを指します。
これに対して、二本目の矢は、その出来事に対して「なぜ自分だけが」「もう終わりだ」「許せない」「こんな自分はダメだ」と考え続けることで、自分の心が追加してしまう苦しみです。
これを踏まえると、苦しみそのものを完全に避けることはできなくても、それにどう反応するかは変えられます。
この教えの核心は、一本目の矢は避けられないことがあるが、二本目の矢は気づきによって減らせるという点です。
つまり哲学は、「すべてを支配すること」ではなく、「変えられるものを見極めること」に自由があると教えています。






English (US) ·
Japanese (JP) ·