洋服の青山「1万2980円スーツ」が6万着突破⇨低価格でも高見え、裾直し不要。“スーツ離れ”時代のヒット戦略

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スーツは長らく、働く男性にとって“制服”のような存在だった。「これを着ていれば間違いない」という安心感と実用性から、多くのビジネスパーソンに選ばれてきた。しかし、コロナ禍をきっかけにビジネスの服装は大きく変わる。リモートワークが増えたことで服装はカジュアル化していき、自由度は一気に高まった。

 その一方で、「結局、何を着ればいいのか」と迷う人も少なくない。そんな変化を受けて「洋服の青山」から発売されたのが新商品「みんなのスーツ」だ。価格は税込1万2980円。サイズはS・M・L表記で全11サイズ、裾上げの必要がなく、店で購入してそのまま持ち帰ることができる。

価格や手軽さを前面に打ち出した商品に見えるが、実はそれだけではない。このシリーズには、スーツ離れが進む時代に「スーツの価値をもう一度届けたい」という思いが込められている。

背景にあるのは、創業60年の老舗としての危機感と誇りだ。青山商事商品第一部マネジャーの河原林孝太さんに開発の狙いを聞いた。

手に取りやすい価格ながら、きちんとした印象に仕上げた「みんなのスーツ」
手に取りやすい価格ながら、きちんとした印象に仕上げた「みんなのスーツ」

misaki hashimoto / HuffPost Japan

スーツを着ない時代の“新たな悩み”

河原林さんは「正直に言えば、お客様がスーツから離れていく流れは、もう無視できないところまで来ていました」と話す。

コロナ禍を境に、スーツを着れば間違いない時代は終わった。Tシャツにジャケット、足元はスニーカーでも仕事は成立する。服装の自由は広がった反面、「今日は何を着ればいいのか?」と朝の鏡の前で迷う人は少なくない。

 「機能性の高いセットアップやカジュアルウェアは、確かに快適です。しかし一方で、『仕事のスイッチが入らない』という声もありました。カジュアルすぎる服ではネクタイは似合わず、高価なスーツを何着もそろえるほど着る機会もない。今のビジネスパーソンは、そのはざまで迷っていると感じたんです」(河原林さん)

そこで2025年春、青山商事で社長直々の新たなプロジェクトが始動した。与えられたミッションは、スーツから離れた人や洋服の青山に来店したことがない人にも選ばれる、「新しい価値観のスーツをつくること」だった。

低価格でも、“洋服の青山”クオリティを保つ

「みんなのスーツ」は取引先と密接に連携しながら開発を進めたことで、通常は1年以上かかる商品開発を約5カ月で完成させた。価格は上下セットで税込1万2980円。同社の主力商品と比べると半額近く、あるいはそれ以下だ。普通に考えれば、生地や仕立ての質を落とし、価格相応の商品をつくるのが合理的かもしれない。しかし、その価格設定でも、河原林さんは品質にこだわりたかったという。抱いたのは期待ではなく、危機感だったという。

「もし『安かろう、悪かろう』の商品を出してしまえば、60年かけて築いてきた洋服の青山のブランド価値を、自分たちで壊すことになります。価格は下げても、袖を通した瞬間に『これはスーツだ』と背筋が伸びる感覚だけは、絶対に失いたくありませんでした」(河原林さん)

必要な部材を減らしながらも、長年培った技術によって、スーツらしい立体感のあるシルエットを実現
必要な部材を減らしながらも、長年培った技術によって、スーツらしい立体感のあるシルエットを実現

misaki hashimoto / HuffPost Japan

低価格のセットアップは市場に数多くある。同社もすでに、上下で約1万円の「ゼロプレッシャースーツ」をヒットさせていた。だが、みんなのスーツが目指したのは、その延長線ではなかった。

「ゼロプレッシャースーツは快適ですが、どうしてもカジュアルな印象になります。ネクタイを締めると、少し違和感が出てしまうのです。対してみんなのスーツは、スーツらしい品格を残すことにこだわりました。必要なパーツだけに絞り込みながらも、着たときに身体が立体的に見え、きちんとしたシルエットに仕上げたい。この難題を実現することに、開発の力を注ぎました」(河原林さん)

60以上のパーツを削減も、立体感失わず

みんなのスーツを手に取ってまず驚くのは、胸元の立体感だ。低価格のポリエステルスーツにありがちな平面的な印象がない。

「一般的なスーツは60〜70ものパーツを縫い合わせて作られます。みんなのスーツでは、従来のスーツ作りの工程を約25%削減しつつ、60〜70の部品を使った本格的な立体縫製は死守しています。生産工程は減らしても、見た目に大きく影響する肩回りのシルエットは妥協したくありませんでした。

例えば、肩回りには芯地を使わず、生地そのものに自然な丸みを持たせる縫製技術を採用しています。また、素材はポリエステル100%ですが、光沢を抑え、ウールのような質感に仕上げました」(河原林さん)

伸縮性のあるストレッチ素材で、日常でも快適な着心地にしている
伸縮性のあるストレッチ素材で、日常でも快適な着心地にしている

misaki hashimoto / HuffPost Japan

なぜスーツをS・M・L展開に?

みんなのスーツの特徴の一つに、サイズ表記の分かりやすさがある。スーツを買ったことがある人なら、「Y4」「A5」「AB6」といったサイズ表記に戸惑った経験があるだろう。自分に合うサイズが分かりにくく、店員の説明が欠かせない。それが長年の業界の常識だった。そこでみんなのスーツが採用したのは、Tシャツやニットと同じ、S・M・L・XL表記である。

「スーツを難しいものにしたくなかったんです。お客様が自分で棚からMサイズを手に取り、試着して、そのままレジへ向かう。そんな購入体験を目指しました。日用品を買うような感覚で、もっと気軽にスーツを選んでほしかったのです」(河原林さん)

裾上げ済みの商品を店頭に並べることも、大きな挑戦だった。製造や物流の効率は上がる一方で、ミリ単位のフィット感を重視してきたスーツ業界の常識とは相反する判断だった。

「S・M・Lなら、自分に合うサイズが直感で分かります。オンラインでも選びやすく、急なプレゼンや冠婚葬祭で突然スーツが必要になったときも、そのまま持ち帰ることができます。この手軽さが多くのお客様に支持されたのだと思います」(河原林さん)

パンツは裾上げ済み
パンツは裾上げ済み

misaki hashimoto / HuffPost Japan

目指したのは、スーツ文化の「入り口」

みんなのスーツは2025年11月の発売から約半年で販売着数が6万着を突破した。色違いを購入するリピーターも多く、想定していた20代のビジネスパーソンだけでなく、幅広い世代へと広がっている。

「中高生の入学式や卒業式用として購入される方もいれば、70代の方が親族の集まりで着る一着として選んでくれることもあります。名前の通り、本当に“みんな”のスーツになってきたと感じています」(河原林さん)

夏向けモデルは税込1万2980円。裏地を最小限に抑えて軽さを追求したほか、吸汗速乾性と家庭で洗える機能も備え、厳しい暑さの中でも着心地の良さを保てるよう工夫した
夏向けモデルは税込1万2980円。裏地を最小限に抑えて軽さを追求したほか、吸汗速乾性と家庭で洗える機能も備え、厳しい暑さの中でも着心地の良さを保てるよう工夫した

青山商事提供

河原林さんは今回のヒットを通過点と捉えている。

「目指しているのは、スーツ文化への入り口になることです。今のスーツ市場は、普段使いの低価格帯と、特別な日に着る高価格帯に分かれています。みんなのスーツが、その間をつなぐ存在になれたらと思っています。そして、このスーツで、シルエットがきれいに見えることやスーツを着る楽しさを知り、その上で『もっといいスーツも着てみたい』と思ってもらえたらうれしいですね」

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