最低賃金で働くということ、働かされるということ

4 時間前 1

「誰にでもできる仕事」は、どこにもない

「誰にでもできる仕事」は、どこにもない「誰にでもできる仕事」は、どこにもない / Credit:Canva

コンビニのレジに立つ人の仕事を考えたことはあるだろうか?

会計、公共料金の収納代行、宅配便の受付、各種チケットの販売、揚げ物の調理と廃棄時刻の管理、検品、品出し、発注の補助、店内清掃、トラブルの一次対応。

切り替えながら、立ったまま何時間も続ける。

介護でも、清掃でも、飲食でも、最低賃金近傍の仕事を分解すれば、同じように長い目録ができあがる。

米国の作家バーバラ・エーレンライクは、身分を伏せてウェイトレスや清掃員、大型スーパーの店員として働き、その記録を『ニッケル・アンド・ダイムド』(2001年)にまとめた。

博士号を持つ彼女が発見したのは、「未熟練」と呼ばれる仕事のどれひとつとして未熟練ではなかった、という事実である。

どの職場にも覚えるべき手順と身体で習得するしかない技能があり、それを身につけるまでは何十回もしくじった、いちばん失ったのは自分の有能さだった、と彼女は書いている。

売る側も、実はそれを知っている。

ある大手コンビニチェーンの採用ページには「すぐに覚えられますよ」とある。

同じページを少し下へたどると、こう続く。

「レジ業務は少し複雑ですが、焦らず一つひとつ覚えていきましょう」。

この採用ページには「簡単であること」「難しいこと」が平然と同居している。

人によってそれは必ずしも「難しい」ものではないかもしれない。

ただわざわざ「焦らず一つひとつ」と但し書きがつくほどの「何か」が採用後に待っていることを告げているのである。

採用の場面では、それがもっとはっきり浮かび上がる。

「誰にでもできる」と書かれたはずの求人に応募して、落ちる人がいるのだ。

面接で数人を比べ、一人を選び、残りを断る。

ときには「まともな奴が来なかった」と、採用ゼロのまま募集をかけ直す。

社会に出ていれば見慣れた風景で、文句を言う人もいない。

店長や人事の側に立てば、誰だって同じことを言うはずだ。

だが、立ち止まってみればおかしな話である。

誰にでもできるのなら、落ちる人はいないはずだ。

落とすということは、選んでいる。

選んでいるということは、できる人とできない人を分ける何かを、雇う側自身が見ているということである。

つまり「誰にでもできる」は、仕事の性質の記述ではない。

安いから簡単なのではない。

簡単だということにしなければ、この安さを正当化しにくいのだ。

そのとき混ぜられているのは、似て非なる二つのことである。

未経験から学べる仕事であることと、学ぶものが何もない仕事であること。

前者は入口の話であり、後者は中身の話だ。

この二つが混ざったとき、「未経験から働ける」は「誰でも代われる」に変わる。

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