友情は50対50でなくてもいい、でも「いつも自分だけ」は危険
友人関係は、常に完全な50対50で成り立つものではありません。
誰かが失恋したとき、仕事で追い込まれているとき、家族の問題を抱えているときには、もう一方が多く支えることもあります。
本来の友情とは、長い時間の中で支える側と支えられる側が入れ替わる関係です。
ところが、その役割がいつも同じ人に固定されると、友情は少しずつ歪んでいきます。
トラヴァース博士が、大人の友情を壊す中心的な習慣として挙げているのが「非相互性」です。
これは簡単に言えば、片方だけが連絡し、話を聞き、予定を合わせ、感情的な負担を引き受け続ける状態です。
厄介なのは、この関係が一見すると「普通の友情」に見えることです。
相手から連絡がまったく来ないなら、関係の冷え込みには気づきやすいでしょう。
しかし、相手が連絡してくる場合でも、その目的がいつも「自分の話を聞いてほしい」「相談に乗ってほしい」「つらいから支えてほしい」ばかりなら、関係は一方通行になっています。
たとえば、友人がひどい一日を過ごしたとき、あなたは1時間かけて電話で話を聞くとします。
ところが数週間後、今度はあなたが悩みを抱えて連絡すると、相手は短く慰めただけで、すぐに自分の話へ戻してしまう。
会話は存在しています。
けれども、その会話はいつも相手の気持ちを軽くするために使われ、あなたの気持ちは置き去りにされています。
相手は話して楽になる一方で、自分には負担が残っていくような状態です。
この問題を考えるうえで参考になるのが、2007年の研究です。
この研究は、友情における相互性を分析し、互いに友人だと認識している相互的な友情を持つ若者ほど、学校への所属感が高く、友情の相互性と所属感は学業成績にも独立して関連していました。
この研究は青年期の学校生活を対象にしたもので、大人の友情を直接調べたものではありません。
それでも、「友達が多いか」や「よく連絡を取っているか」だけでなく、その友情が互いに支え合うものになっているかが重要だという点は、大人の友情を考えるうえでも参考になります。
もし友人と話した後にいつもぐったりしたり、連絡が来るたびに少し身構えたりするなら、心より先に体が「この関係は負担が大きい」と気づいているのかもしれません。






English (US) ·
Japanese (JP) ·