失われた記憶を「都合よく再構成した」人たち
人間の記憶は、「経験した出来事をそのまま保管し、必要なときに再生する」という仕組みで働くわけではありません。
私たちは出来事の一部を覚え、失われた部分を現在の知識や感情から補いながら、過去を組み立て直しています。
その性質をよく示しているのが、高校時代の成績に関する1996年の研究です。
この中で研究チームは、大学生99人に高校時代の成績を思い出してもらい、回答された3220件を実際の学校記録と照合しました。
その結果、A評価は89%が正確に思い出されていた一方、D評価を正しく思い出せた割合は29%にとどまりました。
しかも、間違って思い出された成績の多くは、実際よりも高い評価へと変化していました。
ただし、学生たちが嫌な成績を意識的に良い記憶へ書き換えたわけではないようです。
研究者たちは、まず何らかの理由で正確な成績の記憶が失われ、その後に生じた空白が、本人の一般的な自己像や感情的に心地よい推測によって補われたと考えています。
つまり、都合のよい記憶が事実を消したというより、事実が失われた後に、都合のよい再構成が起きたのです。
また、良い成績は本人にとって好ましいため、家族や友人に話すなど、繰り返し思い出す機会が多かった可能性があります。
普段から似たような成績を取っていた人では、「自分はだいたいAかBだった」という一般的な記憶から、個々の成績を比較的正しく推測できたとも考えられています。
こうした記憶の再構成は、単なる記憶力不足ではありません。
英国の心理学者マーティン・コンウェイ(Martin Conway)が提唱した認知モデル「自己記憶システム」では、自伝的な記憶は過去の出来事を収める倉庫ではなく、「自分はどのような人間か」という一貫した、概ね肯定的な自己像を保つ仕組みだと考えられています。
人は現在の知識や感情が変化すると、過去の記憶も現在の自分と矛盾しない形へ組み直すことがあります。
もちろん、記憶の不正確さがいつでも役立つわけではありません。
目撃証言や医療情報など、事実を正確に思い出す必要がある場面では、記憶の歪みが重大な問題につながります。
しかし、主に日常生活において、こうした記憶の柔軟さが私たちの心を支えているのは確かでしょう。
次項で、「不正確な記憶」が役立っている別の例も考慮してみましょう。






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