13度の包囲も難攻不落だった「ボーフス要塞」
ボーフス要塞/ Credit: en.wikipedia現在のスウェーデン南西部にあるボーフス要塞は、歴史的調査によると、少なくとも13回の包囲を受けながら、一度も攻略されませんでした。
この要塞はもともと1250年代に、ノルウェー王ボーフスの命令によって丘の上に建設が始まったとされています。
その後、14世紀には木造の城へと拡張。
さらに続く2世紀の間に、木材の大部分は石へと置き換えられていきました。
最盛期の要塞には複数の塔があり、それらは互いに組み合わされた複雑な石壁の仕組みによってつながっていました。
この構造によって、仮に1つの塔が奪われても、残った守備兵は別の塔で戦い続けることができました。
1566年、スウェーデン側の攻撃軍は塔の1つを占拠することに成功しました。
しかし城の守備兵たちは他の塔で抵抗を続け、さらに占拠された塔の火薬庫に火をつけることにも成功しました。
その結果、火薬庫は爆発し、塔にいたスウェーデン軍を吹き飛ばしたのです。
ボーフスは当初、ノルウェーとスウェーデンの旧国境上に建てられました。
しかし1658年のロスキレ条約によって国境が移動し、ボーフスはスウェーデンへ割譲されています。
死んだ牛を投石機で飛ばした「ホッホオスターヴィッツ城」
ホッホオスターヴィッツ城/ Credit: en.wikipedia現在のオーストリア南部にあるホッホオスターヴィッツ城は、周囲の谷から約150メートルの高さにそびえる急峻な丘の上に建てられました。
この場所には、少なくとも西暦860年には城が存在しており、時代を経て継続的に改修や修復が行われてきました。
しかし、この城が征服された形跡はないようです。
16世紀後半、トルコ軍の侵攻に備えるため、城を所有していた貴族は14の門を建設しました。
それぞれの門には、異なる防御構造が備えられていました。
ある伝承によれば、14世紀にホッホオスターヴィッツ城は、チロル伯妃マルガレーテに忠誠を誓う軍勢によって包囲され、陥落寸前まで追い込まれたといいます。
ただし、この話は創作の可能性もあります。
守備側は食料がほとんど尽きかけていました。
そこで彼らは最後の1頭の牛を屠殺(とさつ)し、その体内に穀物を詰め、敵軍に向けて投石機で発射しました。
マルガレーテの軍勢は、もし守備側が穀物入りの死んだ牛を投石機で飛ばす余裕があるなら、城内には十分な物資があるに違いないと考えました。
そして包囲を解いたのです。






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