ジャパン選出も「監督は俺をなめていた」 OP戦“飼い殺し”状態も…代打から成り上がり

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プロは中日一筋の豊田誠佑氏(名古屋市中川区・居酒屋「おちょうしもん」経営)は明大で1977年の3年春からレギュラー外野手として活躍した。1978年の4年春にはリーグ優勝&全日本大学野球選手権優勝を経験。日米大学野球選手権には3年時に続き、4年時にも日本代表に選出され、6年ぶり2度目の米国撃破メンバーとなった。「その時は(明大監督の)島岡(吉郎)さんが日本代表監督で『絶対勝たなきゃいかんぞ』と言われていた」と回顧した。
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