「DNAから似顔絵」遺族は切望も“究極の個人情報”の壁。元警視庁捜査1課理事官は「それでも前に」

4 時間前 1

警察署の刑事課長時代、ある上司からこんな言葉を教わった。

「不易流行」

三省堂「現代新国語辞典(第五版)」には、こう書いてある。

「芭蕉の俳諧理念の一つ。新しみをもとめてたえず変化する流行性にこそ不易の本質があり、不易と流行とは根本において一つであるという考え」

俳句の世界から来た言葉だが、これは事件捜査にも当てはまる。

地道な聞き込み(地取り)、関係者の洗い出し(鑑・かん)。これらは、どれだけ時代が変わっても変えてはいけない「不易」の部分だ。

一方、科学捜査は「流行」にあたる。時代と共に変わり続けなければならないし、実際に進歩してきた。

その中核をなすのが、「指紋」「DNA型鑑定」「カメラ捜査」ーーいわば”三種の神器”だ。この三つが揃えば、犯人性が揺らぐことはまずない。

だが今、このDNA型鑑定の活用において、議論すべき問題がある。

不易流行
不易流行

Keita Aimoto

「565京人に1人」の精度が眠っている

DNA型鑑定の精度は、飛躍的に向上した。

かつて、同じDNA型の別人が現れる確率(出現頻度)は「4兆7000億人に1人」とされていたが、現在は「565京人に1人」。指紋の「1兆人に1人」の確率と比べても、桁違いの精度だ。

しかし、それほどの精度を誇りながら、日本の捜査実務でのDNA活用は、法律の縛りによって限定的なままに置かれている。

国家公安委員会規則が定める「DNA型記録取扱規則」が認めているのは、犯罪現場に残された血液や体液などのDNAを、警察庁のデータベースや容疑者のDNAと照合することだ。

つまり、それ以外の活用は規定上、認められていない。

一方、アメリカやイギリスでは、現場に残ったDNA情報から犯人の似顔絵を作成することができる。

犯人特定の大きな手掛かりとなるかもしれないこの技術は、「ゲノムモンタージュ」と言われており、実際に逮捕につながった事例もある。

DNA型一括鑑定施設のDNA抽出装置(2011年1月21日、千葉・柏市の科学警察研究所)
DNA型一括鑑定施設のDNA抽出装置(2011年1月21日、千葉・柏市の科学警察研究所)

時事通信社

「DNAから似顔絵」遺族の声

日本では、犯人のDNAが現場に残されているにもかかわらず、今も未解決の事件がある。

1996年9月に東京都葛飾区で起きた「柴又三丁目女子大生殺人・放火事件」。それに、2000年12月に東京都世田谷区で発生した「世田谷一家四人強盗殺人事件」だ。

この2件の事件が起きた時、私は捜査1課に在籍していた。忸怩たる思いがある。

殺人事件被害者遺族らでつくる「宙(そら)の会」は、DNA情報から顔や年齢などの捜査情報を活用できるよう、法整備を求めて国に要望書を提出している。

「個人識別のためのDNA型鑑定にとどまらず、DNA情報を捜査資料として広く活用できるようにしてほしい」という訴えだ。

世田谷の事件の被害者である宮沢みきおさんの母・節子さんは2025年12月、東京都内で開かれた集会で、手紙を通してこう訴えたと報じられている。

「高羽さんの事件で犯人が逮捕されたという報道に触れ、長い時間を経ても真相に近づくことができるのだと改めて希望を感じました」

海外ではDNAから犯人の似顔絵ができて捕まっているのだから、日本もそうなればいいなと思います」

「高羽さんの事件」長期未解決に光明が差す

節子さんが言及した「高羽さんの事件」とは、2025年10月に解決した名古屋のコールドケースのことだ。

1999年、名古屋市のアパートで主婦が刃物で刺されて殺害された。現場には犯人のDNAが残されていたにもかかわらず、逮捕まで26年の歳月を要した。

この事件で逮捕されたのは、被害者の夫の同級生だった。

もし、現場に残されていたDNAから犯人の似顔絵を作成できていれば、逮捕まで26年もかからなかったかもしれない。

似顔絵の信憑性の問題はあるものの、DNA情報を捜査資料として広く活用できるようになれば、このような長期未解決事件に光明が差す可能性は十分にある。

(左)墓に線香を手向ける世田谷一家4人殺害事件の遺族・宮沢節子さん(2023年12月30日、埼玉県新座市)、(右)小林順子さんが亡くなった現場跡地で手を合わせる父賢二さん(2024年9月9日、東京都葛飾区)
(左)墓に線香を手向ける世田谷一家4人殺害事件の遺族・宮沢節子さん(2023年12月30日、埼玉県新座市)、(右)小林順子さんが亡くなった現場跡地で手を合わせる父賢二さん(2024年9月9日、東京都葛飾区)

時事通信社

嬰児遺棄事件でも

DNA情報の活用が有効なのは、未解決事件だけではない。

私は過去に、生まれたばかりの赤ん坊(嬰児)に対する殺人・死体遺棄事件を複数担当している。こうした捜査では、被害者である嬰児の親を特定することが事件解決の近道となる。

しかし、それは容易ではない。

2019年11月、東京都港区のイタリア公園に嬰児が遺棄された事件では、地道な鑑の捜査で不審な人物を見つけたが、事件解決まで約1年を要した。

もし、こうした事件でDNA情報を活用できれば、局面は変わり得る。

どういうことかというと、子どもは両親のDNAを半分ずつ受け継いで生まれてくるため、警察庁のデータベースで親とみられる人物を絞り込むことができるはずだ。

もちろんデータベースに情報がない場合もある。補充捜査も不可欠だ。ただそれでも、活用の余地は確かにある。

嬰児の遺体が発見された公園を調べる捜査員ら(2019年11月8日午後、東京都港区)
嬰児の遺体が発見された公園を調べる捜査員ら(2019年11月8日午後、東京都港区)

時事通信社

えん罪の防止

DNA型鑑定について、見落とせない視点がもう一つある。

それは、「えん罪の防止」だ。

栃木県足利市で1990年、行方不明になった4歳の女児が他殺体で発見された「足利事件」では、犯人として逮捕され、服役していた男性が17年後に釈放された。

DNAが一致しないことが再鑑定で判明したことがきっかけだった。

1997年、東京都渋谷区のアパートで女性の遺体が発見された「東電OL殺人事件」では、近所のネパール国籍の男性が逮捕された。

だが、2011年に実施されたDNA型鑑定で別人の関与が浮上し、翌12年に男性の再審無罪が確定した。

このように、DNA情報を幅広く活用することは、犯人検挙だけでなく、無実の人間を守ることにも直結する。

東電OL殺人事件の再審判決後に掲げられた垂れ幕(2012年11月7日、東京・霞が関)
東電OL殺人事件の再審判決後に掲げられた垂れ幕(2012年11月7日、東京・霞が関)

時事通信社

DNAは「究極の個人情報」 

一方で、DNAは「究極の個人情報」であることは間違いない。

「監視社会につながるのではないか」「捜査の必要性とは別にDNAが採取されるのではないか」。このような懸念の声は、真摯に受け止めなければならない。

実際、そうした懸念を深めるような出来事も最近あった。

佐賀県警の科学捜査研究所で、DNA型鑑定の不正が繰り返し行われていたことが明らかになった。このようなことが続けば、国民の信頼は得られない。しっかり検証し、襟を正していく必要がある。

また、法律の課題もある。

刑事訴訟法第218条3項は、逮捕容疑者からは「裸にしない限り令状なしに指紋や足跡を採取できる」と規定しているが、DNAについての明文規定は存在しない。

つまり、性犯罪など特定の容疑がある場合を除いて、逮捕容疑者にはまず、「任意提出」を求めるしかないのが現状だ。

私の経験上、任意であれば「サツ(警察)慣れ」した人物にはまず断られる。拒否されればそれまでだ。

そのような状況である限り、DNAの活用には常に限界が付きまとい、データベースに蓄積する情報も増えていかないーー。

課題は山積するが、それでもなお“前に進まなければならない”と私は思う。

凶悪事件の現場に犯人のDNAが眠っているのに、それを捜査にいかせないという現実は、被害者や遺族の無念に応えるものとは言いがたい。

宙の会をはじめ、遺族たちは今も声を上げ続けている。

だからこそ、議論の出発点は「DNA情報を使うか使わないか」ではなく、「どこまで、どのような歯止めをかけた上で使うか」であってもいいのではないだろうか。

例えば、殺人など凶悪事件に罪種を絞った上で、DNAの採取を刑事訴訟法第218条3項に明記することはできないか。

そうした議論を、真剣に始めるべき時期に来ている。

元警視庁捜査1課理事官の副島雅彦さん
元警視庁捜査1課理事官の副島雅彦さん

Keita Aimoto

「不易流行」まさにその時を迎えた

DNA型鑑定に限らず、捜査手法は今、大きな転換点を迎えている。

警察庁は2025年1月、いわゆる「闇バイト」犯罪に限定した「仮装身分捜査」の実施に踏み切った。

警察官が捜査の過程で素性を隠し、偽の運転免許証などの本人確認書類(仮装身分表示文書)を使用して、犯罪グループと接触する捜査手法だ。

背景には、闇バイトによる凶悪事件が多発している一方、犯罪組織の匿名性が高いことから、これまでの捜査手法では首謀者や指示役にたどり着くことが困難だったことがある。

実は、この仮装身分捜査を巡っては、私の現役時代にも“現場レベル”で議論が交わされていた。

ただ当時は、「国民の理解が得られない」という意見が多く、議論は進まなかった。

だが今、現実となった。

少子高齢化が進み、警察官の人員が減少する中で、現在の治安水準を維持・向上させるには、捜査手法も社会の変化に合わせて変わらなければならない。

「不易流行」——。変えてはいけないものを守りながら、変えるべきものを変えていく。

DNA情報の活用も、まさにその時を迎えている。

(執筆・副島雅彦、編集・相本啓太)

◆副島雅彦さんプロフィール

福岡市生まれ。1985年、警視庁に入庁。刑事警察に25年携わり、うち16年は殺人や強盗などの凶悪犯罪を扱う捜査1課に在籍した。

警視としては、警察署の刑事組織犯罪対策課長や、知能犯を担当する本部捜査2課の管理官を歴任。

2016年から捜査1課管理官(殺人・庶務)。2019年から捜査1課ナンバー2の理事官として、捜査1課長を支えた。

2020年に退職。

これまでに、「ルーシー・ブラックマンさん失踪事件」や「船戸結愛ちゃん虐待死事件」など、数多くの重大事件の捜査に携わってきた。

記事全体を読む